昨年夏の配信開始以来、世界的な大ヒットをしているスマホアプリゲーム「ポケモンGO」。東京大学の川上憲人教授らの研究グループは、「ポケモンGO」のメンタルヘルスへの効果に関する調査を行い、心理ストレス減少に効果があることを明らかにした。これまで事例証拠や専門家の意見だけだった「ポケモンGO」の効果を世界で初めて科学的な研究成果として示したもの。この調査結果は、アジア太平洋地域の科学者に、印刷版とオンライン版で科学的、医学的にインパクトのある情報を提供している出版社「ネイチャー・パブリッシング・グループ」の専門誌『サイエンティフィック・レポーツ』に掲載予定。
活発な議論「ポケモン効果」
スマホゲームアプリ「ポケモンGO」は、2016年7月に配信が開始されて以来、わずか8週間で世界累計5億ダウンロードを記録するなど、爆発的に広まった。このゲームは地理情報と拡張現実の技術を利用することで、プレイヤーがあたかも現実世界でポケモンを捕まえ、育てられるかのような体験を可能にするとともに、〝ポケモンのタマゴ〟を孵すために一定の距離を歩かなければならないなど、これまでのビデオゲームと比較して、外出して動かなければプレイできないような仕組みとなっている。
新規性と話題性から、「ポケモンGO」が及ぼす影響について盛んに議論が行われ、交通事故の危険の増加、住居侵入の危険の増加などのネガティブなものから、身体活動の促進などのポジティブなものが示唆された。さらに、「ポケモンGO」をプレイした自閉症の男の子が家の外に出る、「ポケモンGO」が引きこもりや抑うつ(気分の落ち込み)の解消に有効であるなど、メンタルヘルスの改善に及ぼす効果に関する議論も行われている。
しかし、これらの議論は一部を除いて事例証拠や専門家の意見によるものにとどまっており、「ポケモンGO」がメンタルヘルスの改善に及ぼす効果については未だ科学的なエビデンスが示されていないままとなっていた。
「ポケモンGO」1割が体験
東京大学医学系研究科精神保健学分野の川上教授と大学院生の渡辺和広さんらは、労働者の「ポケモンGO」と心理的ストレス反応との関連を世界で初めて検討することを目的として、日本の労働者を対象とした調査を実施した。
一昨年11月から追跡していた日本に居住する正社員・正職員の労働者2530名(年齢20~74歳)を対象に、昨年12月に再度インターネットを用いて、「ポケモンGO」を1ヵ月以上継続してプレイしたことがあったかを調査した。
調査の結果、「ポケモンGO」をプレイしたことがあると回答した労働者全体のおよそ1割(246名)は、一年11月時点と比較して心理的ストレス反応が減少しており、労働者の心の健康状態が改善する傾向にあることがわかった。一方、残りの九割は、心理的ストレス反応の変化はほぼ横ばいとなっており、両群の間には統計的に有意な差がみられたという。
この結果は、対象者の年齢や性別といった属性、喫煙や飲酒の習慣といった生活習慣、さらに、仕事の量的な負担、裁量権、また、上司や同僚からの支援の程度といった仕事の要因を考慮した上でも同じだった。
労働者の「心」に大きなインパクト
この研究成果は、世界で初めて「ポケモンGO」をプレイすることと労働者の心理的ストレスとの関連を量的に示し、拡張現実を利用した新しいゲームが労働者の心の健康状態を改善する可能性を示唆したもの。心理的ストレス反応の効果は大きいものではなかったが、「ポケモンGO」がゲームとして広く普及していることを考慮すれば、労働者の心の健康の保持・増進に大きなインパクトを持つと考えられる。
ゲーム性を備えたコンテンツによるメンタルヘルス改善のための介入は、従来の介入方法と比較して、メンタルヘルスの問題に興味のない人々や、メンタルヘルスの問題を抱えていながら通常のメンタルヘルスケアにアクセスできないような人々にも有効である可能性がある。
研究グループでは、今後は「ポケモンGO」をはじめとする新しい技術を利用したゲームがメンタルヘルスを改善するメカニズムの検討や、より厳密な効果検証のための研究を進める予定。