賛否両論あるなか、東京オリンピック・パラリンピックが開幕し、7月27日現在、わが国はメダルラッシュで沸いているが、世界クラスの体操競技選手の脳ネットワークの特徴が、順天堂大学の研究グループにより解明された。体操競技に密接な関わりのある脳の領域を結ぶ構造的な接続(神経接続)が一般の人びとに比べて強く、さらに一部の神経接続が協議成績と相関していることが明らかとなった。この研究成果が、選手の種目への適性やトレーニング効果の客観的評価に役立つ可能性があるという。
この研究成果を発表したのは、順天堂大大学院スポーツ健康科学研究科の冨田洋之准教授、医学研究科放射線診断学の鎌形康司准教授、青木茂樹教授、脳神経外科学の菅野秀宣先任准教授、スポーツ健康科学研究科の和気秀文教授、内藤久士教授らの共同研究グループ。MRIによる脳ネットワークの解析により、世界クラスの日本人体操競技選手に特徴的な脳ネットワーク構造があることを明らかにした。
従来のスポーツ科学では優れたアスリートがもつ身体的な特徴、エネルギー供給能力、技の特徴など身体特性に主眼が置かれていた。しかし近年、一流のアスリートの鋭敏な感覚、精密な運動制御能力、的確な状況判断を行う意思決定能力、強い意欲などの優れた脳機能に注目が集まっている。
また、これらの脳機能は長期にわたる集中的な運動トレーニングによって得られた神経可塑性(脳が学習する仕組み)に基づいていると考えられるようになってきた。
研究グループは、2020年に世界クラスの体操競技選手の脳のある領域の体積が一般人に比べ大きく、競技成績に相関することを世界で初めて報告しています。
今回の研究では、世界クラスの体操競技選手の高度な運動パフォーマンスを支える神経基盤、特に領域間の神経接続を明らかにすることを目的として、最新の3テスラMRIを用いて体操競技選手の脳を撮像。得られた画像データを元に脳のネットワーク解析を行い、現役体操競技選手と競技経験がない健常者の脳のネットワークの違いについて比較を行うとともに、競技能力と脳の神経接続の関連について調査を行った。
研究では、世界大会で入賞歴のある現役日本人体操競技選手10名と体操競技経験がない健常者10名の男性を対象として3テスラMRIによる脳の拡散強調像を撮像し、脳のネットワーク解析法を用いて、両者の脳の構造的な接続を比較。また、競技成績(Dスコア)と脳の構造的な接続性との関連についても解析した。
その結果、体操競技選手群では、対照群に比べて、感覚・運動、デフォルトモード、注意、視覚、情動といった体操競技に密接な関わりのある機能を司る脳領域間の神経接続が強くなっていることがわかった。
さらに、これらの脳領域間の神経接続のうちいくつかの接続が床運動、平行棒、鉄棒のDスコアと有意な相関関係があることが浮き彫りとなった。
具体的には床運動は空間認識、平衡・姿勢感覚、運動学習などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、平行棒は視覚運動知覚、手の知覚を含む感覚運動などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、鉄棒のDスコアは視空間認識、エピソード記憶、意識、視野内の物体認識と関連する脳領域を結ぶ神経接続とそれぞれ有意な正相関がみられた 。
この研究成果によって、卓越した体操競技力の神経基盤として特徴的な脳ネットワークが構築されており、これらの脳ネットワークは体操競技と密接に関連する脳機能を司ることが明らかとなった。
この研究成果は、脳のネットワークを評価することで、体操競技選手の各種目への適性や、トレーニング効果の客観的評価に役立つ可能性があることを示している。一方で、世界クラスの体操競技選手の脳ネットワークの特徴が、長期間の集中的な体操競技トレーニングによるものなのか、生まれつき各個人が有している特徴なのかについてはまだわかっていないため、今後さらに縦断的なアプローチによって明らかにしていく必要がある。
また、他の運動競技についても同様の検討を行うことによって各競技における世界クラスの選手人材の育成に役立つことが期待される。