横浜国立大学の森 章教授主導の、森林総合研究所、東京大学生産技術研究所、国外10大学等研究機関が参画する国際研究グループは、生物多様性と気候変動の問題の相互依存性を定量化した論文を発表した。
この研究では、地球温暖化を防ぐことで生物多様性を保全できれば、生物多様性による炭素吸収が進み、気候の安定化をさらに促進できることを明らかにした。また、その気候安定化と多様性保全の両者促進の利益の経済評価も実施しており、今後の国際政策における両者間の良い関係性(安定化フィードバック)に注視することの重要性を強調している。
地球温暖化の進行により、森林の炭素 吸収源としての機能が低下する危険性
森林は、光合成により大気中から二酸化炭素を吸収し、有機物として固定する「一次生産」の機能を持っている。特に、多種多様な樹木から構成される自然度の高い森林は、この一次生産を介して、高い炭素吸収能力を持つ。しかし、今後地球温暖化が進行し、森林を構成する樹木の多様性が低下してしまうと、森林のもつ炭素吸収源としての機能が低下してしまう危険性がある。このため、生物多様性と気候変動の問題の相互依存性の評価が喫緊の課題となっている。
複数のシナリオに基づいて 将来の樹木の多様性の変化を予測
研究グループは、この課題に対し、複数の気候変動に関するシナリオに基づいて、将来の樹木の多様性の変化を予測し、その結果として生じる森林の炭素吸収機能の変化を地球規模で評価した。
解析の結果、地球温暖化を防ぎ、樹木の多様性の損失を回避できた場合には、将来予測される森林の炭素吸収機能の損失の9~39%を回避できることが分かった。この結果は、「地球温暖化を防ぎ樹木多様性の損失を回避すれば、森林の炭素吸収機能が維持されることで温暖化の抑制につながる」という気候安定化の好循環メカニズムを示すものである。
研究では、さらに、生物多様性の保全による温暖化の抑制がもたらす経済的な効果について「炭素の社会的費用(炭素1tが大気中に追加で排出された時にもたらされる経済被害額)」という指標を用いて評価した。
その結果、生物多様性の保全にともなう温暖化の抑制が社会にもたらす経済効果は、国によって大きく異なることが分かった。特に、温暖化がより大きな経済的損失をもたらす恐れのある国ほど、生物多様性保全を介した温暖化の抑制により、この経済的損失を回避できることがわかった。この結果は、気候安定化と生物多様性保全の努力は、社会経済的なコベネフィットが大きいといった、両者の望ましい相乗効果を示している。
気候変動予測の精度向上への貢献期待
現在、温室効果ガス吸収を目的とした森林再生、植林プログラムが、国際政策や経済の枠組みで強く推進されている。今回の研究結果からみると、これらの社会の枠組みでは、これまで以上に「生物多様性の役割」を注視することが求められる。
また、研究で見出された知見については、生物多様性がどれほど地球上の炭素循環に関りがあるのかについて知り、将来的な気候変動予測の精度を高めることにも貢献すると期待されている。