プロ野球ソフトバンク・ホークスの内川選手が51人目の2,000本安打記録を達成した。その時のインタビューにおける話である。「あの時期に杉村打撃コーチに出会わせてもらったことで今の僕がある」と感謝の言葉で応えていた。当時、プロ入り8年目の内川選手に、元ヤクルトのスラッガ-で鳴らした杉村氏が引退後コーチとなって、「今の野球は速球と落ちるボールで打者を崩してくるので、ボールを叩くポイントを後ろにおくように」とアドバイスしたという。その出会いが現在の内川選手の打撃フォームを完成させて、広角打法で打ち出の小槌のように安打を量産した。
160キロを超えるストレートと落ちるスプリット・ボールを投げてメジャーリーグのエンゼルスに入団した大谷翔平選手。体力にモノをいわせて多くの打者がボールを前で叩く打法に対して、新人投手らしからぬクールな投法で大リーガーを翻弄して小気味よく三振を奪っている。その原点は、打者を崩す速球と落ちるボールのコンビネーションに他ならない。また、本人がメジャーでも二刀流を認めてくれることを入団条件にしていたが、入団1年目の新人とも思えないほど打者としても活躍している。今やメジャーのレジェンド・イチローやゴジラ松井の新人時代に匹敵する成績を残している。
そもそも、2012年のプロ野球ドラフト会議に向けて、高卒の大谷選手は日本プロ野球球団からの指名を拒否してメジャーへの入団宣言した。このため、ドラフト会議の指名は日本ハム一球団だけといった過去に例のないドラフトとなった。当時、大博打を打って指名権を獲得した日本ハムの栗山監督は自ら入団交渉に臨み、大谷選手の二刀流育成プランでもって説得し、入団までに漕ぎ着けたのである。日本ハムでの5年間、二刀流を見守った栗山監督は、大谷選手にとって、まさに「あの出会い」と言わせるものになるかもしれない。
さて、人それぞれいろいろな人との出会いがあろう。筆者も、30歳代前半に職場の先輩から、情報学の古典になったシャーマン・ケント著の「戦略情報」を教科書にして厳しい指導を受けた。今は泉下の先輩との出会いが現在の執筆活動の基盤になっているように思えてならない。ネット社会の今日、人と人との出会いが希薄になりつつある。2,000本安打記録を達成後のインタビューにおける内川選手の発言に感銘を覚えるとともに、人との出会いを改めて考えさせられた。