1987年から2006年までFRB議長を務めたグリーンスパン氏。現在92歳、まさに古老中の古老である。日経新聞のインタビューの中で、「人類の生活水準を高め、平均寿命を伸ばしたのが資本主義だ。最も効率的なシステムはこの他にない」と答えていた。FRB議長当時、わざと解り難い発言で有名だった。本人も「私の発言で真意が伝わったことは一度もない」と話していた程だ。しかし、今回の発言には、余りにも明確で分かり易いが故にその真意に疑いたくなったのは筆者だけだろうか。
世界的な金融緩和政策で余剰マネーが市場に流れこんだ結果、米国の主要IT企業FANGに見られるように富裕層への富の集中が露わとなっている。本来、辛苦の労働の対価であるはずのお金が、コンピューターを通じて取引される仮想通貨などマネーゲーム化の様相を呈する。株式市場もアルゴリズム取引で振り回されている。経済のグローバル化とデジタル化といった資本主義の落とし子は更なる格差拡大を深刻化させている。これが本当に効率的なシステムなのだろうか。新型コロナウイルスの感染が止まない中、この前例のない事態に直面した先進諸国の資本主義システムが機能する否かの試練の時を迎えたと言えよう。
ところで、ノーベル賞受賞の経済学者ポール・クルーグマン氏は「グローバル化が格差拡大という経済・社会的な大変動をもたらすことに気付かなかった。また中国との競争で米国の労働者が被った痛手を過小評価していた」とグローバル化礼賛をあっさり宗旨変えした。深刻な格差社会の現状が資本主義への懐疑的な見方に繋がっている訳なのか。しかも、新型コロナウイルスの感染拡大による経済的な混乱に対応するためリスクの国有化といった社会主義的な政策が進められる。これも懐疑的な見方に拍車をかけているように思える。
さて、先月下旬に開催された全人代で、反体制活動を禁じる「香港国家安全法」が可決され閉幕した。いよいよ高度な自治を認めた「一国二制度」が形骸化するのか。資本主義の香港が、資本主義の市場経済に移行中とはいえ社会主義の中国に飲み込まれようとしている。物価安定のマエストロ(巨匠)と称されたグリーンスパンの資本主義に対する話に戻せば、第2次大戦直後の1945年に英国宰相チャーチルは「資本主義に内在する短所は、幸福を不平等に分配することだ。社会主義に内在する長所は、不幸を公平に分配することだ」との名言を残している。新型コロナウイルスとの共生・共存を余儀なくされ、在宅の時間が増えた時だからこそ、古老の直感した本質を語る言葉に改めて耳を傾けた次第。