東京大学大学院薬学系研究科の池谷裕二教授らの研究グループは、ライト点灯の位置を参考にしながら2つの選択肢から正解を選ぶという二択課題をラットに行わせ、学習速度の個体差を決定する要素を探索した結果、誤選択までの時間が長い、つまり、熟慮後の失敗が多いラットは好成績を残すことを見出した。
常に変化する環境にうまく適応するためには、柔軟な判断や意思決定を行うことが必須で、このためには、①決定の適切さと②決定の迅速さ―の少なくとも二つの要素が重要。しかしながら、実社会では、素早く下した結論が正しいとは限らないなど、二つの要素は必ずしも両立するとは限らない。
そこで、両要素のどちらが学習成立により重要かを調べるために、同研究グループは、光の手掛かり刺激を活用して二つの選択肢から正しい方を選択させる課題をラットに解かせた。ラットが選択するまでの時間(反応潜時)を測定し、各ラットの学習成績との関係を解析した結果、学習成立前の反応潜時が短い、つまり結論に早く飛びついてしまうラットほど、課題の学習成立が遅くなることを見出した。特に誤った選択をする場合にこの傾向が強く観察された。また、学習過程における正解(つまり、偶然の成功)の回数は、学習速度とは無関係だった。
この研究により、成功体験そのものよりも、じっくりと時間をかけて考慮したうえで失敗するほうが、学習の成立にとって重要であることが示された。この研究成果は、生物の生存戦略を考える上での根本的な知見となるだけでなく、動物の個性を生み出す脳のメカニズムを解明する一端となることが期待される。 実験の内容は次のとおり。
1)学習成立直前の反応潜時が短い個体ほど、学習成立が遅くなる
研究グループでは、壁に二つの穴を備えた小部屋にラットを入れて実験を実施。ラットはこの穴へのノーズポーク(鼻先を入れること)によって、報酬であるエサが得られることを学習している。そこで、ある日から二つの穴のうち一方を緑色に点灯させ、ラットへの手掛かり刺激として提示した。ラットは緑色に点灯していない穴にノーズポークすることで報酬を得ることができる。このような課題をラットに解かせた結果、すべての個体が4日間のテスト期間のうちに課題を学習することができた。
このとき各ラットで、課題学習成立前の反応潜時(課題の開始からノーズポークするまでの時間)と学習を成立させたタイミングを測定し、これら二つのパラメーターの関係を解析した結果、反応潜時の短い個体ほど、学習を成立させるのが遅いという負の相関関係があることを見出した。
この結果から、時間をかけずに選択することが、最終的な課題の成立には不利に働くことが明らかとなった。
2)正解時に比べて、不正解時の反応潜時のほうが短くなる
続いて、学習成立直前の反応潜時を課題正解時と不正解時とに分けて集計した。その結果、正解時に比べて、不正解時の反応潜時が短いことを見出した。ラットは正解するときよりも、不正解するときのほうが選択に熟慮していない、すなわち「早とちり」する傾向があることがわかった。
さらに、この傾向を個体別に観察するために、ラットごとに不正解時の反応潜時を正解時の反応潜時で割った比を計算したところ、この比の値と学習成立の早さとの間にも負の相関関係があることを見出した。つまり、不正解となるときに時間をかけないラットほど、課題の学習が遅いことが示された。
3)各試行の成否は、学習成立の早さには関係しない
ラットが課題を最初に始めてから、学習を成立させるまでの累積の正解率を計算し、学習成立の早さとの関係を解析したが、これらの間に有意な相関関係は認められなかった。この結果から、ラットがどれほど正解したかは、学習成立の早さには関与しないことが示された。