昨年の日本経済新聞の連載小説「琥珀の夢」の話題である。著者は伊集院静氏で、サントリ-創業者鳥居信治郎氏の生涯を執筆。それに遡ること3年前NHKの朝ドラ{マッサン}の中では、鴨居商店の大将(社長)の鴨居欣次郎として登場。この鴨居欣次郎こそ、サントリ-の前身である鳥居商店の鳥居信治郎がモデルであった。実際のエピソ-ドがいろいろな場面で放映されたが、連載小説を読み進める中で、映像とオ-バ-ラップするので印象深い連載であった。
大将が、鴨居商店の番頭たちに「売り手、買い手だけやのうて、周りの皆がようなるのがええ商いだす」と説き聞かせる。この一言こそ、日本の近江商人が誇った「売り手よし、買い手よし、世間よしで三方よし」といった伝統的な経営哲学にある。昨年判明した品質管理の不正や無資格者による完成検査といった製造業界の不祥事は、企業イメ-ジを毀損させただけでなく、長年にわたり築いてきたわが国の企業に対する信頼を失墜させる自滅行為といえる。伝統的な「三方よし」の経営哲学には全く相容れないことだ。
ところで、日経新聞社の集計によれば、上場企業の2018年3月期の純利益は前年比21%増と、2年連続最高益となる見通しである。好業績を背景に、上場企業の手元資金は100兆円を上回るという。積み上がった手元資金を株主にどれだけ報いたかを示す指標として配当性向がある。企業のステ-クホルダ-は株主だけではない。資金を投じてリスクをとり、イノベ-ションを起こし、事業を拡大して雇用を増やせば、社会がもっと潤うはずである。社会が歓迎する持続的な成長シナリオが評価されれば、自ずと株価も上昇し、株主の富も膨らむ。これこそが「三方よし」の真髄ではなかろうか。
さて、東証市場で売買代金シェアの7割を占める外国人投資家が最も重視する投資指標はROE(純利益を自己資本で割った値)という。経営者がROEの向上のため自社株買いに目を奪われるだけならば、潤沢な手元資金の使い道が乏しいことの裏返しでもある。経営の神様と称された松下幸之助も若い頃、鳥居信治郎に師事して啓発されたそうだ。今こそ、設備投資や研究開発などの事業拡大を通じて利益を底上げする努力を惜しまない企業経営者「現在版鳥居信治郎」の登場が待たれる。