農研機構は、(株)FTH、福岡県、佐賀県農業試験研究センター、熊本県農業研究センター等と共同で、農薬を使わず水蒸気の熱でイチゴ苗の病害虫(ナミハダニ、うどんこ病)を一度に防除できる蒸熱処理防除装置の小型化に成功した。これにより、装置をイチゴ生産者が保有する既設プレハブ冷蔵庫内に設置できるようになり、使用電力を三相200V30A以下に抑え、価格も大幅に低下させることができた。この装置は1回に約1000株のイチゴ苗を約1時間で蒸熱処理することができる。昨年7月より販売代理店であるエモテント・アグリ(株)から販売されている。また、装置の正しい使い方や実際の病害虫防除等の事例等をまとめた「イチゴ苗蒸熱処理防除マニュアル2017」も公表されている。
カギは装置の小型化や省電力化、低コスト化
イチゴ栽培では夏季に育苗した苗を9月に栽培ハウスに植え付ける。この際に苗が病害虫に汚染されていると、その後の防除が困難になる。また、これまで無病虫苗の確保には化学農薬が使用されてきたが、化学農薬に対する病害虫の抵抗性が発達し、農薬が効きにくくなったため、農薬のみに頼らない防除法の開発が求められている。
こういった課題に対し、農研機構では、(株)FTHとの共同研究により、一定温度以上の水蒸気をイチゴ苗に処理することで病害虫を防除する蒸熱処理防除装置を開発している。この方法は、農作物に感染・寄生した病害虫に対し、50℃前後の蒸気で殺菌・殺虫を行う。しかし、この装置は大型で使用電力が大きく、価格が高いという問題があった。蒸熱処理による防除を広く普及させるためには、装置の小型化や省電力化、低コスト化が必要となっていた。
こうした中、今回、農研機構、(株)FTH、エモテント・アグリ(株)、三好アグリテック(株)、福岡県、佐賀県農業試験研究センター、熊本県農業研究センターの共同研究で、蒸熱処理防除装置の小型化が実現された。新装置については、昨年7月から販売されている。
小型化された装置の特徴
今回開発された小型の蒸熱処理防除装置(54×50×140㎝、約30kg)は、イチゴ生産者が一般的に保有するプレハブ冷蔵庫(1~1.5坪)内に設置することができる。また、旧型の装置では一体となっていた処理庫の代わりに、断熱性と気密性が維持できる既設プレハブ冷蔵庫を活用することとし、そこへファンとヒーター、加湿用ミストノズル、温湿度センサーを一体化した装置本体を設置することで、導入コストの低価格化を実現している。
使用電力は最大で三相200V30Aで、従来の大型装置よりも約70%省電力化した。対応したコンセントがあれば、新たな電源工事をする必要はない。
さらに、この装置は保有する冷蔵庫に穴を1~2ヵ所あけ、庫外の制御盤との接続ケーブルを通すだけで簡単に設置することができる。蒸熱処理の終了後、装置本体と接続ケーブルを庫内から取り出せば元の冷蔵庫として利用することができる。
病害虫の防除効果については、従来の大型装置と変わらず、1回に約1000株を処理することができる。
正しい方法を説明するマニュアル作成
蒸熱処理はイチゴの病害虫を蒸気によって直接的に殺虫・殺菌する。その温度や処理時間はイチゴ苗の耐熱性の上限にも近く、誤った操作を行うと苗にダメージが生じる場合がある。一方で、処理後には様々な病害虫の感染・寄生にさらされる可能性がある。
そのため、正しい蒸熱処理の方法と防除方法を分かりやすく説明したマニュアルが作成されている。マニュアルは2部構成となっており、第1部では生産者向けに装置の使い方と実際の防除の事例等が解説されている。第2部では農業技術者向けに蒸熱処理の原理や防除効果の具体的なデータ等が詳述されている。
蒸熱処理した苗の果実生産能力を検証した結果についても記載されており、マニュアルで推奨する蒸熱処理条件(50℃、10分間)では、葉のダメージ面積は全体の20%以下となり、その後の果実生産にほとんど影響がないことが確認されている。
また、マニュアルでは、蒸熱処理と天敵や気門封鎖剤を組み合わせた、定植期から年内までの病害虫防除についても解説している。この防除法は、化学薬剤抵抗性ナミハダニに対しても効果的で、うどんこ病に対する殺菌剤の使用も削減でき、年内の散布が9回から4回に減少した例もある。
このマニュアルに沿った防除を行うことで、ナミハダニやうどんこ病といった病害虫の発生をほぼゼロにすることができる。
イチゴ以外の種苗への応用も検討
防除マニュアルは、装置を購入する生産者に配付される。また、蒸熱処理防除に興味のある生産者のため、農研機構のホームページからもダウンロードできるようになっている。
蒸熱処理により化学農薬を用いずにイチゴ苗の消毒ができ、マニュアルに示したような天敵などを組み合わせた防除によって、さらなる減化学農薬を進めることができる。
また、この防除方法については、今後、イチゴ以外の種苗への応用も検討されている。