物質内部に無数に存在する「界面」の構造は、電気やイオンの伝導性、物質の耐久性など多くの機能に決定的な役割を果たしている。このため、界面の構造を決定することは物質科学で最も重要な研究課題の一つとなっている。人工知能の技術を利用して界面構造を高速に決定する手法を開発してきた東京大学生産技術研究所の溝口照康准教授らの研究グループは、転移学習という技術を使って人工知能が繰り返し成長することで、計算コストを約3600の1まで削減することに成功した。界面機能の理解が深まり、高性能な物質開発がさらに加速すると期待される。
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今回、溝口准教授らは、機械学習の転移学習という技術を活用して人工知能(AI)が繰り返し成長することで、結晶の欠陥の一種で、物質と物質が接している領域である「物質の界面」の構造を決定するための計算コストの大幅削減に成功した。
機械学習はデータを統計処理することにより、データの中に潜んでいる「法則」を見つけ出すことを示す。得られた法則をデータにあてはめることで、パターンに従って未知な現象を予測することができる。金融や創薬の分野で活用されている。
また、転移学習は、ある問題で得られた予備知識を、類似する別の問題に利用することで、学習済みのモデルを利用し新たな問題に転移することで、効率的に問題を解くことができる。この手法によれば、少ないデータ・学習量で正確なモデルを生成することが可能となる。
界面は物質中に多数含まれる欠陥で、その構造が物質のさまざまな機能と密接に関係している。このため、界面構造を決めることは物質研究の中でも最も重要な研究課題の一つ。しかし、界面には無数の種類が存在し、さらにその一種類の界面の構造を決定するだけでも、数千~数万回という膨大な量の理論計算が必要となっていた。
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研究グループは、機械学習により作成した人工知能を使って界面の構造を高速に決定する手法の開発に取り組んできた。今回、探索空間(パラメータ)を従来の3次元から74次元に拡張し、さらに転移学習という技術を利用した。転移学習では、ある問題を解く際に作成した人工知能を、関連した別の問題に利用する。前に学習した知識を使って新しい問題を解くことで人工知能は〝賢く〟なることができる。このことを繰り返し行うことで人工知能はさらに賢くなる。
研究グループでは、開発した手法を使って、33種類の界面構造を系統的に決定した。これらすべての界面の構造を、同手法の力を借りずに決定するためには、実に165万660回もの膨大な計算が必要になる。もしこの計算を一台だけのコンピューターで計算すると30年以上の時間を要する。
実際には並列計算機で実施するが、それでも数週間の計算が必要。一方、今回開発した手法で人工知能に過去の経験を学習させる(計算対象を絞り込ませる)と、462回の計算で33種類すべての界面構造を決定することができ、計算コストを約3600の1に削減することに成功した。つまり、1台のコンピューターがあれば数日ですべての界面構造を決定することができる。
同手法は多数の界面構造を網羅的かつ系統的に決定する上で非常に有効といえる。界面は物質の機能に決定的な役割を果たしている。同手法を利用することで、界面機能の理解が深まり、高性能な物質開発がさらに加速されることが期待される。
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今回の研究成果を実現したのは、溝口准教授をはじめ、小田尋美大学院生(研究当時)、清原慎大学院生、大学院新領域創成科学研究科の津田宏治教授ら。
現在工業的に使用されている物質の多くで界面は重要な役割を果たしており、物質開発のスピードを上げるためには、界面の構造を決定し、機能を理解することが不可欠。今回開発した手法を利用することで、界面の構造をより効率的に決定することができ、物質の開発スピードが加速されることが期待される。
この研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」研究領域(研究総括:常行真司東京大教授)での研究課題「情報科学手法を利用した界面の構造機能相関の解明」(研究者:溝口准教授)によって実施された。