来年度の介護報酬改定に向けた議論が深まる中で、「介護現場の安全性の確保、リスクマネジメント」に関しても検討が行われています。市町村に提出された事故情報のデータが、残念ながら有効活用されていない実態も明らかになってきました。そこで今回は、介護サービスの運営にとって重要な、介護現場の安全性向上とリスクマネジメントについて考えてみたいと思います。
◆ 事故情報の分析・活用
9月15日に開催された国の審議会で、介護現場の安全性の確保やリスクマネジメントについて課題や論点が示され、事故情報を収集し、分析・活用を進めていくための方策などが議論されました。
現在、介護施設などでは、利用者に対するサービス提供時に何らかの事故が発生した場合、速やかに市町村へ報告することが求められています。現場での事故対応に加え、その報告書の作成・提出が負担になっているという声も聞かれます。
しかし、市町村に対する事故情報の集計・分析の有無に関する調査結果では、「介護事故の件数を単純集計している」が59.3%。「集計や分析は行っていない」との回答も27.8%ありました。
事故情報の活用方法については、「報告を提出した施設に対して指導や支援を行うために活用する」が49.6%で、「活用していない」との回答も27.2%にのぼっています。
この現状に対し、審議会の委員からは、介護事故情報を集計するだけではなく、しっかり集約・分析し、フィードバックや情報公開をするべきとの意見が述べられました。これは、市町村のレベルだけでなく、みなさんの施設・事業所のレベルでも重要な視点だと私は考えています。
◆ データをどう活用するか
では、事故情報をどのように活用すればよいのでしょうか。みなさんの施設でも、日々数多くの事故に関する報告が上がってきていることと思います。
まずは集まった情報をデータとして分類していくことが大切です。転倒・誤薬・行方不明などの事故の種類、発生場所、発生時間はもちろんのこと、年齢・性別・要介護度・認知症の程度、体調、服装、履物など利用者さんに関する情報、シフトや経験年数など勤務していたスタッフに関する情報、さらには天気や気温などの情報が役に立つ場合もあります。
これらを細かく分析していくと、例えば「転倒事故の起きやすい条件」を導き出すことができるでしょう。「夜中2時頃、経験の浅いスタッフが夜勤の日に、リビングのこの場所で転倒事故が起きることが多い」ということが明らかになれば、なぜ、その条件のときに事故が起きやすいのかを考えることができます。
そうすると、「利用者さんが夜中トイレに行こうとして、リビングと廊下の境目の部分で転倒している」というパターンが見えてきます。さらに、ベテランスタッフは、利用者さんがトイレに行く時間を把握していて、さりげなく誘導しているから事故になりにくい、といったことが分かってきます。
そこまで情報が集まれば、転倒しやすい場所に手すりを付ける、ライトで照らすといった物理的な対応や、利用者さんの履物を工夫する、スタッフのシフトを考慮する、若手スタッフの研修をするなど、様々なアプローチを考えることができます。
それぞれの対応策を実施し、その結果を評価し、また次の実践に活かすというPDCAのサイクルを回せば、着実に事故を減らしていくことができるでしょう。
◆ リスクマネジメント
もう1つ、介護現場の事故を減らすうえで大切なのが「リスクマネジメント」という観点です。
労働災害の分野でよく知られる経験則に、アメリカの損害保険会社の安全技師であったH.W.ハインリッヒによって提唱された「ハインリッヒの法則」があります。1つの「重大な事故」の背後には29の「軽微な事故」があり、その背景には300の「異常」が存在するというものです。
介護の現場でも、「ヒヤリ・ハット」事例を分析し、情報を共有したり対応策を考えたりすることによって、事故を未然に防ごうという取り組みが行われています。
このときに気をつけなければならないのは、「誰かのせいで発生した」という捉え方をしないということ。「なぜこうなったのか」という原因を客観的に分析することが重要です。
ミスや失敗を属人的なものと考えると、「次からは気をつけよう」「みんなで注意しよう」という対応になりがちです。しかし、しようと思って失敗をしている人は誰もいません。注意に注意を重ねても、起きてしまうのが「ミス」なのです。
では、どのように対応すれば、ミスを大きな失敗につながらないようにできるのでしょうか。それは、ミスが起きにくい、またはミスが起きてもカバーできるような仕組みを考えることです。
「どうしてそんなミスをしたの!」と叱ることは、ミスが減らないだけではなく、本人のやる気を失わせてしまうことにもなり、何もよいことはありません。チームとして、前向きに問題を解決できるように導けば、ミスをしたスタッフを守り、チームの士気を高めることにもつながります。
◆「宝の山」を有効活用しよう
介護の仕事は、利用者さんの命を預かる仕事です。現場におけるちょっとしたミスや失敗が、体調の悪化やケガにつながったり、時には命に関わるような事態を招いてしまったりすることもあります。
過去の事故の事例やヒヤリ・ハットの情報は、介護現場の安全性を高め、リスクマネジメントを行うための、言わば「宝の山」。これらの情報を有効活用することが、よりよい介護現場を作り上げるためには欠かせません。みなさんの施設や事業所でも、ぜひ「今すぐできること」から取り組んでみてください。