選択肢を禁じたり、経済的インセンティブを大きく変えたりすることなく、予測可能な形で人々の行動変容を自発的に促す介入手法である「ナッジ」。横浜市立大学などの研究グループは、地方自治体の予算編成プロセスで、行動経済学の「ナッジ」を含むメッセージが予算編成担当者の査定に影響することを実験的に明らかにした。単年度予算を採用する地方自治体では、単年度で成果が見込まれる事業が優先され、成果が出るまで時間がかかる事業が後回しにされる傾向がある。成果指標やエビデンスなどの要求側から示される情報にナッジを踏まえたメッセージを追加することが、未来志向の予算編成を促進するのに有効である可能性が示唆された。
地方自治体の公共予算や財政に関する既存研究では、地方自治体の予算編成担当者が厳しい財政制約のもと、エビデンスや成果情報にどのように注意を払うのかについて、予算決定プロセスに焦点を当てた研究が蓄積されてきた。
しかし、既存研究では、予算編成担当者による予算査定の分析と意思決定に焦点をおいておらず、気候変動の緩和のように、多額の事業費が生じるものの、長期的には有益な社会的成果をもたらすプロジェクトへの予算化は見送る傾向にあることが指摘されていた。必要なエビデンスや成果情報が存在する場合であっても、当該政策の将来の影響には十分に注意が払われていない可能性があるとの指摘も行われている。
研究では、全国の地方自治体の予算編成担当者に対して、低炭素化に向けた事業の予算編成に関する独自のシナリオを設けて、四つのタイプの質問紙をランダムに送付した。回答者は、①ベースライン情報(将来の成果情報を含む)、②損失フレーム・ナッジのメッセージを加えた追加情報、③社会比較・ナッジのメッセージを加えた追加情報、④ベースラインの成果情報なし―の四つのグループのいずれかに無作為に割り当てられた後、仮想の環境政策プログラムの予算を評価してもらった。
その結果、無作為に割り当てられた二つのナッジに基づくメッセージのグループ(②・③)の予算担当者は、ナッジなしのベースライン・グループ(①)の予算担当者よりも、将来の結果について統計的に有意に高い査定だった。
一方、ベースライン・グループ(①)の査定額は、何も情報を与えないグループ(④)と統計的に有意な差はなかったが、ベースライン・グループのように成果情報を出すだけでは過小評価される可能性が懸念された。
ナッジに基づくコミュ技法で政治家・公務員に働きかけ
研究グループでは、「この研究の発見事項は、予算編成の実務に導入が可能であると考えられる」と分析。単純な方法としては、予算編成のフォーマットで、損失フレームの表現や社会比較情報を必須とすることなどが挙げられともした。
また、市民が納税者として最適な政策選択を認識している一方で、地方自治体の認識が十分ではない状況にある場合、市民は、ナッジに基づくコミュニケーション技法を使用し、公務員や政治家に働きかけることができる可能性があることを浮き彫りにしたという。
一方で、この研究は仮想のシナリオに基づく実験で、実際の地方自治体の予算編成担当者は、予算要求当局等から相当量の情報にさらされている点に注意が必要とも指摘。今後の研究として、研究で得られた知見が、教育、医療、福祉など他の政策分野に適用できるかどうか、また個々の担当者だけでなく、組織階層での意思決定にナッジがどのように作用するかに関する検証が望まれるとの見解を示した。