国際農研は、機械学習を用いて、沖縄県石垣島の河川水に含まれる栄養塩(窒素、リン、ケイ素)濃度を高い精度で予測する新たなモデルを作成した。このモデルでは、栄養塩濃度に及ぼす土地利用などの流域特性の影響も評価することができる。今後、サンゴ礁の衰退や赤潮発生のリスク評価への活用など、沿岸生態系の保全に向けた施策立案への活用が期待される。
【栄養塩の主な発生源は「点減」と「面源」の2タイプ】
熱帯島嶼の沿岸生態系は生物多様性に富み、漁業や観光業にとって重要な水産資源である。一方、気候変動に伴う海水温の上昇や海洋酸性化に加え、農業生産や土地開発に起因する陸域からの栄養塩(特に窒素、リン)の過剰な流入は、植物プランクトンの大量増殖を引き起こし、サンゴを食害するオニヒトデの大量発生などにより、サンゴ礁衰退の要因となっていると考えられている。
栄養塩の主な発生源として、下水処理場や工場など、特定の場所から流れ込む「点源」と、森林や農地などから地表面、地下水を経由して流れ込む「面源」の2つのタイプがある。「点源」は、排水処理対策などにより改善されやすい一方、「面源」からの栄養塩の輸送経路は複雑であることから、シミュレーションモデルによる推定が一般的だが、高度な専門知識・技術の習得が課題となる。
【水中の栄養塩濃度と「面源」の流域特性の関係を調査】
国際農研では、熱帯島嶼での農業生産と環境保全の両立を目指し、山林からの土壌の流出を抑える技術開発に取り組んでいる。また、これらの技術導入によって、山林や農地からの土砂や栄養塩の流出がどの程度抑えられるのかを評価するため、河川調査やモデルによる解析を行っている。
栄養塩の流出量推定を行うシミュレーションモデルの多くは、窒素とリンを対象にしており、ケイ素は扱われていなかった。主な植物プランクトンである珪藻の生育にはケイ素も必要だが、ケイ素に対して窒素やリンが過剰に供給されると、珪藻以外の植物プランクトンが増え、特に赤潮の原因となる渦鞭毛藻などの有害藻類の増殖に繋がる可能性も指摘されている。
そこで今回の研究では、沖縄県石垣島の複数の河川を対象に、ケイ素も加味した水中の栄養塩濃度を測定し、「面源」となる流域の土地利用や地質などの特徴(流域特性)との関係を調べることで、栄養塩濃度に対してどのような影響を及ぼしているのか、機械学習法の一つであるランダムフォレスト(RF)を用いて評価した。
【サトウキビ栽培や肉牛の飼育が河川の栄養塩濃度に影響を与えている可能性】
研究では、石垣島の主要な6河川(支流を含む)、計18地点で令和2年9月から約1年間、約2ヵ月に1回の頻度で平水時に調査を行い、溶存無機態窒素(DIN)、全リン(TP)、溶存態ケイ素(DSi)の濃度を測定した。
次に、流域特性として、18地点上流域の ①土地利用(サトウキビ畑などの農地、牧草地、森林など)の面積割合、②表層地質(琉球石灰岩、国頭礫層など)の面積割合、③人口密度を、GISデータと統計資料により把握した。
また、河川調査の結果をもとに、RFを用いて、流域特性から各栄養塩濃度を予測するモデルを作成した。季節による栄養塩濃度の変動も考慮して、「その年の1月1日から調査日までの経過日数」も栄養塩濃度を予測するパラメータに加えた。
データセットをランダムに5つのサブデータセットに等分し、そのうちの4つを統合したものを学習データ、残りの1つを検証データとして、計15個(5通りのサブデータセットの組み合わせ×3反復)のRFモデルを検証した。その結果、いずれのモデルも実測値を高い精度で予測できることが示され、栄養塩濃度の変動の大部分を流域特性によって説明できることを明らかにした。河川水中の栄養塩濃度は流域特性、すなわち流域内の土地利用や地質の影響を強く受けていることを示す。
RFモデルにおける各流域特性の重要度(流域特性の値のみをランダムに入れ替えた場合の栄養塩濃度の予測値の平均平方誤差の増加率)、栄養塩濃度と各流域特性との相関性から、サトウキビ畑や畜舎などの面積割合が多い流域ではDIN・TP濃度が高いのに対し、広葉樹林の面積割合が多い流域ではDSi濃度が高い傾向だった。石垣島では、サトウキビ栽培や肉牛の飼育が盛んであることから、これらの農業生産活動が河川の栄養塩濃度に強い影響を与えていることが考えられ、今後、環境負荷の具体的な要因や経路を把握するなど、課題解決に向けて検討していくことが必要と考えられている。
【水質・生態系の監視、塩害生態系保全対策への活用への展開に期待】
今回作成されたRFモデルは、流域の土地利用や表層地質、人口密度のデータがあれば比較的簡便な操作で栄養塩濃度の予測値を算出できる。今後、降雨直後の出水時についてもRFモデルを作成することで、年間を通じた栄養塩濃度の予測が可能になる。さらに、国土交通省が提供する水文水質データベースなどの流量観測データと組み合わせることにより、流域からの栄養塩流出量を把握することができる。
作成したRFモデルは、窒素、リンに加えてケイ素の濃度も予測することができ、ケイ素の減少に起因する有害藻類発生リスクの評価などに活用されることが期待される。今後、行政機関などによる水質や生態系の監視、さらには沿岸生態系保全対策への活用など、様々な地域への展開が期待される。