アメリカの医師には、伝統的な西洋医学を教えてきた医学校を卒業することで授与される「MD(Medelical Doctor)」と、薬物治療偏重へのアンチテーゼから生まれた米国独自の医学体系であるオステオパシー医学校卒業者に与えられる「DO(Doctor of Osteopathic Medicine)」がある。MDとDOの学位はいずれも〝医師〟として施行できる医療行為に違いないが、実際の診療の質の違いなどに関して、これまで明らかになっていなかった。
東京大学の研究グループは、この二つの免許状を持つ医師が65歳以上の内科入院患者を治療した際の死亡率の差異を調査。その結果、患者の死亡率や再入院率や行われた医療プロセスがほとんど変わらないことを明らかにした。
もともとの成り立ちが全く異なる医学校出身の医師によって治療された患者の転帰(病院の進行)が変わらないという結果は、米国の医学教育の歴史を通じて、MD養成校とDO養成校の医学教育の標準化がすすめられたことを示しているといえる。研究グループでは、「成り立ちの異なる学校でも医学教育の標準化が実現可能なことを示唆している」としている。
自然治癒力高める「オステオパシー」
米国では、MD、DOいずれの養成医学校の学生も、4年間の教育を受けた後、臨床研修を経て医師として医療に従事することができる。一般的にMDは伝統的な西洋医学を基盤としているが、MDはオステオパシー医学と呼ばれる医療アプローチを基盤としている。
オステオパシーは、手技療法や運動療法等を用いて、身体の自然治癒力を高めることに重点を置いた医学体系。伝統的な西洋医学は薬物治療に偏重し過ぎており、「それは時には害となる」との考えから、西洋医学とは異なる立場で19世紀末に始まった。
MDとDOの両医学校は、かつては大きく教育内容が異なっていたが、現在ではいくつの例外を除いてほぼ同様となっている。米国ではMD医師が多数派で全医師の9割を占めるが、MD養成校の学校数が横ばい傾向にあるなか、DO養成校は右肩上がりに増えており、2022年には全医学生の四分の一がDO養成校に通学。将来的にはDO医師がさらに増加することが見込まれている。
東大大学院医学系研究科の宮脇敦士助教らの研究グループは、提供される医療の内容等に関する両医師の差異を評価するエビデンスが限られていることから、調査を実施。米国の大規模データであるメディケアデータ(65歳以上の高齢者を対象とした診療報酬データ)を用いて、MD医師とDO医師が治療した緊急入院患者の「30日患者死亡率」「30日再入院」といったアウトカムなどを比較した。
2019年までの3年間に、3428病院の医師1万7918人が治療した患者32万9510人(平均年齢79.8歳、59%が女性)を分析したところ、入院後30日以内の死亡率はMD医師9.4%、MD医師9.5%とほぼ変わらないことがわかった。
退院後30日以内の再入院率は、MD医師15.7%、DO医師15.6%、入院日数はMD、DOいずれも4.5日、さらに入院医療費はMD1004ドル、DO1003ドルと、ほぼ同等だった。
今回の研究では、過去に異なる教育内容であった二つの医学校だが、患者の死亡率や入院日数といったアウトカムに影響を与えるものではないことが判明した。わが国でも、医学部や臨床研修での教育内容の違いが存在する。宮脇助教らは「どのような違いが患者にとって重要で、どの違いは多様性として認められるのか、今後の研究が期待される」としている。