北海道大学と森林総合研究所の研究グループは、明治時代以降、森林や湿原の農地への転換によって石狩平野で繁殖する鳥類の個体数が約150万個体減少したと推定した。
研究では、1860年代以降に大規模に農地が造成された北海道石狩平野に着目し、鳥類の個体数に与えた影響を定量化した。開拓期の古地図などをデジタル化して四時期(開拓前、1900年、1950年、1985年)の土地利用図を復元し、研究グループが野外調査から求めた鳥類個体数密度をあてはめて石狩平野の過去166年間の鳥類個体数の変遷を推定した結果、1850年には約210万個体が繁殖していたのが、2016年には60万個体へと約70%減少したと推定された。
この研究結果は、大規模な土地利用の変化とそれに続く生物の減少が、北半球の広い地域で過去に生じたことを示唆している。
また、平野部の湿原や森林の保護・再生活動が、かつて大きく数を減らした森林性・湿原性鳥類を保全する上で重要であると考えられる。また、研究グループでは、各地で拡大している耕作放棄地が森林性・湿原性鳥類の再生に寄与するのかについて、今後も研究を進めていくとしている。
農地への転換が鳥類の種数と個体数に与えた影響を定量化
生物多様性の喪失が世界規模で進んでいる中、森林の伐採や湿原の埋め立てなどの土地利用の転換がその主な原因としてあげられている。特に農地は、現在では世界の陸上面積の30%以上を占めており、自然生態系から農地への転換によって、陸上の生物多様性は大きく減少したと考えられている。
こうした生物多様性の歴史的な変遷は、現在の生物多様性やその保全状況を評価する上で欠かせない情報だが、北半球、特に農業の歴史が長い温帯地域では、農地への転換による生物多様性への詳細な影響(時期・規模)はほとんど定量化されていなかった。
そこで今回の研究では、1860年代以降に自然生態系から農地への転換が生じた北海道石狩平野に着目し、農地への転換が鳥類の種数と個体数に与えた影響を定量化した。
その取組では、まず、石狩平野の1850年以降の土地利用図をデジタル化し、続いて石狩平野の各地で繁殖している鳥類の個体数を数える調査を行い、各土地利用(湿原、森林、水田など)で繁殖している鳥類の個体数密度を推定した。続いて、デジタル化した石狩平野の土地利用図に、推定された鳥類の個体数密度をあてはめることで、石狩平野で繁殖する鳥類の総個体数を、過去4年代(開拓前、1900年、1950年、1985年)と現代(2016年)それぞれで推定した。
鳥類の個体数は166年間で210万個体から60万個体まで減少
石狩平野は、1850年には湿原や森林に覆われていたが、1880年以降本格的に森林や湿原の農地への転換が始まり、1900年頃には57%を畑が占めるようになった。その後は水田の面積が増加し、現在(2016年)では52%を水田、23%を都市等が占めている。
こうした土地利用転換の結果、1850年には約210万個体の鳥類が石狩平野で繁殖していたが、2016年にはわずか60万個体まで減少したと推定された。すなわち、石狩平野で繁殖する鳥類の個体数は過去166年間で約70%減少したと推定される。
また、その変化の程度は種によって異なり、森林や湿原に生息する種は個体数を90%近く減らした一方、裸地や農地に生息する種の個体数は50%近く増加したと推定された。
さらに、1850年には、2ヘクタールあたりに平均9.3種の鳥類が繁殖していたと推定されたが、2016年には2.2種まで減少したと推定される。
湿原や森林の保護、再生活動の重要性
北半球の多くの地域では、1700年代までに自然生態系が大規模に農地に転換されたため、その生物多様性への影響を長期・広域的に評価する手法は限られていた。
今回の研究では、明治時代以降に自然生態系から農地への大規模な転換が生じた石狩平野を取り上げ、古地図を利用することで、石狩平野の鳥類の個体数が過去166年間で70%以上減少した可能性が高いことを明らかにした。加えて、この個体数減少に伴い、生物群集を構成する種も、森林や湿原を好む種から、裸地や農地を好む種に大きく入れ替わったことが示唆された。北半球では、すでに多くの地域が農地に転換されているため、他の地域でも同様の劇的な個体数減少や生物群集の変化が生じたことが推察される。
こうした研究結果は、平野部に残存する湿原や森林を保護すること、またはそれらの再生活動の重要性を示すもの。石狩平野には、森林・湿原性鳥類が数多く生息している、開拓以前のかたちを留める湿原や森林がまだわずかに残っている。また、営農者の高齢化などの影響を受け、耕作放棄地の面積が近年増加しているが、石狩平野の耕作放棄地には、残存する湿原と同程度の種数・個体数の湿原性鳥類が生息していることが明らかになっている。農地への再生が難しい耕作放棄地の存在や生物多様性に配慮した農業の導入は、かつて大きく数を減らした森林・湿原性鳥類の再生に寄与する可能性があると考えられている。
都市化の影響:石狩平野では、都市が顕著に拡大する1950年までに鳥類の個体数は大きく減少している。また、1950年から1985年にかけての個体数減少は、湿原や草原の農地への転換の影響が大きいと考えられる。なお、都市部では鳥類が少ないため、本研究では都市の鳥類個体数を0個体と仮定して、個体数変化を推定している。農地を、都市などの他の土地利用へ転換することもまた、鳥類個体数に影響すると考えられるが、本研究ではその影響を詳細に評価できていないため、今後の研究が必要である