■ポイント□
〇おもてなしに長けた人々は、表情に対して、より正確に、さらに厳しく(好ましさ度が低い)判断をしている。特に無表情顔、怒り顔に対して鋭敏で、笑い顔にはあまり興味を示さないこともわかった
〇おもてなしに長けた人々は、顔を見た後、わずか100ミリ秒後無意識の段階でも、表情の判断をしていることが判明した
〇経験やトレーニングによって表情の判断能力が変化することが示唆され、今後の「おもてなし」能力の向上に役立つことが期待される有意義な結果を得た
おもてなしとは、接客業における日本独自のこころがけのことだが、このおもてなしに関する脳活動の解明は未だ行われていなかった。今回、自然科学研究機構生理学研究所の柿木隆介名誉教授らは、おもてなしに長けた温泉女将をはじめとする接客業は、接客の際の客の表情を読み取る能力が高いのではないかという仮説を立てて、心理学実験と脳波計測を行った。その結果、女将らは、一般人よりも、相手の表情(特に怒った顔)を速く、さらにより鋭敏かつ正確に判断していることを明らかにした。経験やトレーニングにより、顔や表情の認知能力が変化することが知られており、今回の結果は、対人コミュニケーションのトレーニングなどへの応用が期待される。この研究はScientific Reportsに掲載された。
表情を読み取るカギ「N170成分」
日常生活で、人間は顔からいろいろな情報を得ているが、その代表的なものに表情があり、表情から相手の現在の心情を読みとり、相手に共感したりしている。
顔の情報は通常視覚によって得ているが、その情報処理に関する脳活動を反映した脳波成分の代表例として、顔を見てから約170ミリ秒後に左右側頭部でみられるN170成分というものがある。この成分は、顔を見た際に大きくなることから顔特有の成分とされているのに加え、表情の種類によっても成分が変化することが知られている。
一方で、どんな画像を見ても、画像提示から約100ミリ秒後に左右後頭部でみられるP100成分というものがあり、このP100成分も、N170成分ほどではないが、表情の種類によっても変化することがわかっている。
今回、蒲郡市の温泉宿の女将たちを主要実験対象者とする接客業21名(おもてなし群)と、まったく今まで接客業に携わったことがない19名(おもてなし群と年齢を一致させたコントロール群とする)を対象に、表情を伴う顔を見た際のP100成分とN170成分を、脳波を用いて計測して比較した。
また、心理学実験も並行して行った。対象者に表情を伴う顔画像を見た際に、好ましいかどうかを最低点1~最高点7で評価してもらった。今回用いた顔画像は、無表情の顔、笑った顔と怒った顔。
好ましさの評価に関しては、おもてなし群のほうが、コントロール群に比べて低い傾向がみられ、特に無表情の顔を見た時に、評価が有意に低い、すなわち「好ましくない」と判断をしていた。笑い顔にはあまり興味を示さないことも示唆された。このことから、おもてなしに長けた人々は、相手の表情をより正確に読み取り、シビア(厳しめ)に評価していると考えられるという。
脳波に関しては、非常に早く反応する脳波成分(P100)をおもてなし群とコントロール群で比較した。おもてなし群ではコントロール群に対してP100成分が大きくなる傾向があった。特に無表情な顔を見た際には、右後頭部のP100成分が、また怒った顔を見た時には、左右両方の後頭部のP100成分が有意におもてなし群で大きくなっていた。
ところが、顔特異的として知られているN170成分に関しては、それぞれの表情を伴う顔を見た際には、おもてなし群とコントロール群の間で有意な差はみられなかった。
これまで、表情を読み取るためには、主にN170成分が重要だと思われてきたが、今回の結果から、おもてなしに長けた方々は、100ミリ秒前後という、より速い処理(P100成分)によって、素早く表情を読み取っていることが分かった。特に無表情の顔と怒りの顔に対して、鋭敏に反応することで、不快感に即座に対応することができると考えられる。
トレーニングで表情の情報処理能力が向上
今回の結果から、おもてなしを行うためにトレーニングや接客を行っている人たちは、顔や表情の情報処理が一般の人とは異なることが示された。対人コミュニケーションが苦手な人々や対人コミュニケーションに障害のある人々へのトレーニングなどへの応用も期待される研究で、世界で初めておもてなしというものを客観的に解明することができた。