国立極地研究所の國分亙彦助教を中心とする研究グループは、南極・昭和基地でウェッデルアザラシに水温塩分記録計を取り付けて調査を行った観測データから、秋に外洋の海洋表層から暖かい海水(暖水)が南極大陸沿岸に流れ込んでいること、また、その暖水を利用することでアザラシが効率よく餌をとっていたことを明らかにした。この研究成果は、秋期から冬期の南極海沿岸の海洋循環のメカニズムと海洋生態系の応答プロセスの解明につながることが期待される。この観測は第58次南極地域観測隊(2016年~2018年)の一環として実施された。
南極沿岸にはペンギンやアザラシなど多くの大型動物が生息している。これらの大型動物の生存を可能にする要因のひとつとして、外洋の深層からの栄養塩に富んだ暖水の流入に伴う高い生物生産が挙げられる。これまでにこのような現象が観測されたのは、深い海底谷や海洋渦の存在など、外洋の深層水が流れ込みやすい条件を備えた海域や、広い大陸棚のある海域などに限られていた。
一方、南極沿岸には、定着氷と呼ばれる陸から一続きとなって容易に動かない海氷に覆われた海域が広く存在し、そこでも多くの大型動物がみられる。しかし、厚い氷のために船で海洋調査をすることが難しく、この海域の大型動物がどのような仕組みによって生息できているのかはよく分かっていなかった。
動物に小型の記録計を取り付けて、動物の行った場所の環境や行動を記録することをバイオロギングと呼ぶ。この手法を活用すれば、これまで船による観測のできなかった海域や時期の海洋環境データを集めることができる。
そこで研究チームは、南極・昭和基地周辺に生息するウェッデルアザラシにCTDタグという最新の水温塩分記録計を取り付け、これまで未知だった秋期から冬期の沿岸の海洋環境を計測。このCTDタグは位置情報、塩分と水温を計測し、同時に潜水深度を記録して、そのデータを衛星通信で送信するもの。この機器は重量580㌘とアザラシの体重(平均326㎏)に比べて十分に軽いため動物への負荷は少なく、一定期間後、アザラシの体毛の抜け替わる時期には体毛と共に脱落する仕組みになっている。
ウェッデルアザラシは最大で深さ904㍍、96分間も潜水した記録のある南極沿岸の代表的な大型動物であるため、定着氷の張り出す大陸棚上の海底近くの深さまでの海洋環境データ収集が期待できる。