2009年に導入された高齢運転者の認知機能検査。同検査により、高齢運転者の事故を減らすという当初の目的は達成されていないどころか、高齢交通弱者の交通死傷を増やしているという意図せぬ副作用をもたらしているショッキングな事実が、筑波大学の研究グループにより明らかとなった。
この調査結果を公表したのは、筑波大医学医療系の市川政雄教授らの研究グル―プ。75歳以上の運転手を対象に導入された運転免許更新時の認知機能検査について、①高齢運転者の事故を減らしたか、②自転車や歩行者といった交通弱者の死傷に影響を及ぼしたか―の2点を分析した。
研究グループはこれまでに2005年から2016年の月ごとの全国の交通事故・外傷データを統計的に分析し、認知機能検査導入後、75歳の免許保有者数当たりの事故率は、検査の対象外である70~74歳と比べ、減少していないことを見い出している。
今回は分析をさらに進め、75歳以上の人口当たりの交通弱者の死傷率が、70~74歳と比べ、一部の性・年齢層で増加していることがわかった。
調査結果によると、認知機能検査導入後、75歳以上の人口当たりの交通弱者の死傷率は、70~74歳と比べ、75~79歳と80~84歳の女性でそれぞれ増加していた。増加率は3年間でそれぞれ7.5%、9.3%。
また、認知機能検査が導入されてから3年間が経過した2012年6月以降、80~84歳と85歳以上の男性と、85歳以上の女性でも死傷率が増えた。
これらの調査結果により、わが国で行われている認知機能検査は、高齢運転手の事故を減らすという当初の目的は達成していない一方、高齢交通弱者の交通死傷を増やすという意図せぬ副作用をもたらしたことがわかった。
この背景として研究グループでは、高齢運転者が認知機能検査導入後に運転を止めたり控えたりして、交通弱者に転じたことがあると考えている。
死傷増やした可能性も
高齢者の安全な交通手段の確保は、人口の高齢化が進む先進国を中心として世界的な問題となっている。高齢化が著しいわが国では、全年齢の交通死傷数に占める75歳以上の割合が増加し続けており、2018年には6.3%となった。また、アクセルとブレーキの踏み間違いや高速道路の逆相といった高齢運転者のミスによる事故は、社会的の大きな関心事となっている。
高齢運転者が起こす事故を減らすため、2007年に道路交通法が改正され、2009年から75歳以上の運転者が運転免許を更新する場合、認知機能検査を受けることが義務付けられた。検査で認知機能が低下していると判定された運転者が特定の交通違反を犯した場合、さらに認知症と診断された場合、免許が停止または取り消される。
さらに2017年に認知機能検査等の運用方法が改正。検査で認知機能低下の恐れがあると判定された75歳の運転者は、交通違反の有無に関わらず、免許を更新する前に臨時適正検査を受けることなどが義務付けられた。
運転免許更新時の認知機能検査は、デンマーク、カナダの一部州、台湾でも行われており、このうちデンマークでは、検査の効果検証を実施。検査導入によって高齢運転者の事故は減少せず、高齢者の自転車や歩行者としての死傷を増やした可能性が示唆されている。
今回の公表された市川教授らの研究成果は、わが国だけでなく、高齢者の安全な交通手段の確保を進めている国々の交通政策にも参考になると期待される。
この研究は、日本学術振興会科研費基盤研究(C)の助成を受けて実施された。