農研機構をはじめとする研究グループは、有機・農薬節減栽培の水田では、慣行栽培よりも多くの動植物(植物、無脊椎動物、両生類、鳥類)が確認できることを全国規模の野外調査で明らかにした。
農業は食料や生産資材を生産するだけでなく、農地やその周辺における生物多様性の保全を含む多面的な機能を有しており、国民全体がその恩恵(生態系サービス)を受けている。
また、有機栽培や農薬節減栽培などの環境保全型農業は、生物多様性に配慮した持続的な農業生産を実現するための手段の一つとして注目を集めている。しかし、その効果を科学的に検証する研究は一地域の事例研究に留まっており、広域的な水田の生物多様性の調査に基づく検証は実施されていなかった。
今回の研究では、有機栽培または農薬節減栽培を行う水田と、行わない慣行栽培の水田の両方で生き物の調査を全国規模で実施し、種数と個体数の比較を行った。その結果、有機栽培の水田は、慣行栽培の水田と比較して、絶滅の恐れのある植物の種数や、害虫の天敵であるアシナガグモ属のクモ、アキアカネ等のアカネ属のトンボ、トノサマガエル属のカエル、サギ類などの水鳥類の個体数が多いことが明らかになった。農薬節減栽培の水田も、慣行栽培の水田よりも植物の種数やアシナガグモ属の個体数が多い一方で、ニホンアマガエルは少ないことが分かった。また、ニホンアマガエルとドジョウ科については、化学肥料や化学農薬を減らすことよりも、個別の管理法が個体数に大きく影響することが分かった。
この研究成果については、生物多様性に配慮した稲作によって環境への負の影響を軽減するとともに、生物多様性を活用したブランド化等により農産物に新たな価値を付与するために役立つと期待されている。
【全国各地の1000以上のほ場を対象とした野外調査データを解析】
集約的な農業生産技術の普及は、食料の生産性向上を通じて人々に大きな恩恵をもたらした。しかし、近年では、農地の生物多様性の損失や、それに伴う生態系サービスの劣化(害虫発生を抑える天敵や花粉を運ぶ昆虫の減少など)は年々深刻なものとなっている。
持続的な農業生産を実現するためには、生物多様性を保全し、その恩恵を最大限に活用できる農業生産方式を明らかにする必要がある。既に欧米の畑地生態系では、有機栽培や農薬節減栽培がもたらす生物多様性の保全効果が、多くの研究によって明らかになりつつある。一方、アジアに特徴的な水田生態系では、一部の天敵生物(クモ・昆虫類など)を除けば、そうした科学的な知見が不足していた。
今回の研究では、こうした背景の下、全国各地の1000以上のほ場を対象とした野外調査データを解析することで、有機・農薬節減栽培が水田の生物多様性の保全にもたらす効果を科学的に検証した。
【有機・農薬節減栽培が多くの生物の保全に効果的であることを示す】
2013年から2015年までの野外調査の結果、有機栽培の水田は、慣行栽培の水田と比較して、絶滅のおそれのある植物の種数や、アシナガグモ属(クモ)、アカネ属(トンボ)、トノサマガエル属(カエル)の個体数が多いことが分かった。
また、農薬節減栽培の水田でも、慣行栽培の水田と比較して、植物の種数、アシナガグモ属の個体数が多いことが分かった。これらの成果は、有機・農薬節減栽培は多くの生物の保全に効果的であることを示している。
さらに、個別の管理法が生物多様性に与える影響は、生物群によって大きく異なることが分かった。特に、ニホンアマガエルとドジョウ科の個体数は、有機・農薬節減栽培かどうかよりも、畦畔の植生高や輪作などの管理法と関連していた。この結果は、保全対象種によって効果的な取組が異なることを示している。
このほか、有機栽培の水田面積が多い水田群(1平方キロメートルの範囲)ほど、サギ類などの水鳥類の種数と個体数が多いことがわかった。この結果は、鳥類のように広範囲を移動する生物の保全には、1枚の水田よりも、地域や生産グループなどによる広範囲の取組が効果的であることを示唆している。
【農産物の付加価値のさらなる向上やブランド化への貢献に期待】
今回の研究成果は、これまで農業者や自治体が取り組んできた有機・農薬節減栽培や特定の管理法が、生物多様性の保全に有効な農業生産方式であることを示す強力な科学的・客観的証拠となる。これらの栽培法で保全される生物多様性を、公開中の調査・評価マニュアルを活用して適切に評価することで、農産物の付加価値のさらなる向上やブランド化に貢献することが期待される。
農研機構では、今後、こうした生物多様性がもたらす生態系サービスの実態を解明し、その恩恵を活用する新たな農業生産方式の実現を目指して研究を進めていくとしている。