(国研)森林研究・整備機構森林総合研究所は、菌床シイタケの害虫であるナガマドキノコバエ類の天敵となる寄生バチを発見し、この寄生バチがキノコバエの増殖を抑制する高い効果を持つことを実験的に証明した。
キノコバエは、シイタケの菌床栽培で大発生し、被害をもたらす深刻な害虫。また、森林総研では、天敵を利用して害虫を駆除する生物防除技術の研究に取り組んできたが、今回の研究では、関東地域でキノコバエを殺す天敵を探索した結果、新種とみられる寄生バチを発見した。
研究成果によると、生産者が実際に栽培しているハウスでは、6割を超えるキノコバエの幼虫がハチに寄生されていることもあった。さらに、森林総研の実験用栽培ハウスでキノコバエの幼虫と寄生バチを放してみた結果、寄生バチを放した場合にはキノコバエの幼虫数が激減し、寄生バチがキノコバエの増殖を抑制する高い効果を持つことが明らかになった。
今後の研究では、この寄生バチを実用化する新しいキノコバエ防除法の開発を目指していくとしている。
自然環境に存在する天敵を使って害虫を駆除できないか
栽培きのこ類の年間産出額は2200億円にのぼり、木材生産とならび林業産出額の半分を占めている。その中でも、シイタケは栽培きのこ類の生産の3割を占める重要な品目である。
近年、シイタケでは、菌床栽培による生産が増加している。菌床とは、おが粉と栄養剤を混ぜたものにシイタケ菌を培養したブロック状の塊で、菌床栽培では、およそ1万もの菌床を栽培ハウスの中に並べ、菌床から発生したシイタケを収穫する。
また、ナガマドキノコバエ類は、幼虫が菌床やシイタケを食べて増殖し、短期間のうちに栽培ハウスの中で大発生してしまう。さらに、幼虫が付いたままシイタケが売られると異物混入という問題を引き起こす深刻な害虫である。
こうした中、森林総研では、「自然環境に存在する天敵を使って、キノコバエなどの害虫を駆除できないか」との考えのもと、研究を進めてきた。この場合の天敵は、害虫を食べたり寄生したりして殺す生物のことを言うが、今回は、生産者が実際に栽培しているハウスでキノコバエの天敵である寄生バチを発見し、その効果を調査した。
キノコバエ類の幼虫を殺す寄生バチを発見
研究グループは、関東地域の生産者の栽培ハウスからキノコバエの幼虫を採取し、持ち帰って飼育したところ、キノコバエではなくハチの成虫が出てくることに気付いた。群馬県のある生産者の栽培ハウスでは、最大で6割を超えるキノコバエの幼虫からハチが出てくることもあった。
このハチについて、実験室で観察したところ、ハチはキノコバエの幼虫をみつけると急いで近寄り、尾端の針を突き刺してキノコバエの幼虫の体内に卵を産み付けていた。卵からかえったハチの幼虫は、キノコバエの幼虫の体を食べて発育し、ついにはキノコバエの幼虫を殺して成虫となった。
さらに、ハチが何者かを詳しく調べた結果、ハエヒメバチ亜科に属する新種の寄生バチである可能性が高いことが分かった。
寄生バチがキノコバエ類の増殖を制御する高い効果を持つことを証明
次に、研究グループは、森林総研にある実験用の栽培ハウスで、この寄生バチのキノコバエに対する防除効果の検証を行った。
まず、一つの実験区に30個の菌床を並べ、その上に2頭ずつ(合計60頭)キノコバエの幼虫を放した。次に、5頭の寄生バチを放す「ハチあり区」と寄生バチを放さない「ハチなし区」を作成。これらの実験区を繰り返し設定し、放したキノコバエの幼虫への影響を調査した結果、ハチあり区では、ハチなし区に比べて蛹にまで成長したキノコバエの幼虫数が明らかに少ないことがわかった。
その後も観察を継続し、次世代のキノコバエの幼虫数を調べると、ハチあり区では、ハチなし区に比べてキノコバエの幼虫数が激減し、およそ98%もキノコバエの幼虫の増殖を抑制することが明らかになった。
ハチあり区で蛹の数が減少したのは、実験区内に放された寄生バチが自らキノコバエ幼虫を見つけ次々に産卵したためと考えられる。また、キノコバエの蛹の数が減少したことで、親となるキノコバエの成虫の数が減少し、次世代のキノコバエの幼虫数の激減につながったとも考えられる。
こうした実験結果から、この寄生バチが、栽培ハウス内におけるキノコバエの増殖を抑制する高い効果を持つことが証明された。
自然環境に生息するこの寄生バチを天敵として利用する技術の開発推進
最近の調査により、この寄生バチは、関東地域だけでなく、中部地方や九州地方にも分布していることが分かってきた。キノコバエや寄生バチは、普段は野外に生息しており、「食う‐食われる」という種間の関係を築いていると考えられる。また、キノコバエが増殖している栽培ハウスに寄生バチが侵入すると、栽培ハウスの中でも種間の関係が維持され、寄生バチはキノコバエの天敵として働くと考えられる。そのためには、周囲の自然環境に生息する寄生バチだけを栽培ハウスに呼び込み、寄生バチがハウス内で十分に活躍できる環境を整えることが重要となる。
今後の研究では、寄生バチの自然環境における生態や寄生能力などを明らかにするとともに、寄生バチを誘引し定着させる因子や、生存期間、産卵能力を向上させる餌条件などを解明し、実用的な害虫防除法の開発を目指していくとしている。