放射線治療や化学療法などのがん治療を受けると、一般的に治療後の他のがん(2次がん)になる確率が若干増加することが知られているが、量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所や大阪府立病院機構の研究チームは、放射線治療の一種である重粒子線治療を一般的な光子線治療と比較し、前立腺癌の治療後に2次がんが発生する確率が重粒子線治療で有意に少なくなっていたことを明らかにした。
放射線治療は、手術、抗がん剤療法と並ぶがんの三大療法の一つ。放射線をがん細胞に集中させて照射して治療するが、正常細胞への照射を完全に無くすことは困難。正常細胞に当たった場合、放射線は発がん因子となってしまう。
X線治療後では、長期的には2次がんの発生率が若干上昇することが知られ、一般と比較して相対リスクは1.1~1.2程度と言われている。これは治療病巣以外にも広い範囲にわたって正常組織に放射線が照射されることによるものとされている。
一方、重粒子線は病巣のところで止まる時にがん細胞を殺す効果を強く発揮し、正常組織に放射線が当たる範囲や線量を抑えることができるので、2次がんが発生しにくいと考えられる。
そこで今回の研究では、前立腺癌の重粒子線治療後、どの程度2次がんが発生し、発生率が全国のがん罹患率や、一般的な放射線治療であるX線治療後の症例と比較してどの程度違うのかを調べた。
1995年から2012年までの間に前立腺癌に対して重粒子線治療を受けた患者を対象に、治療後の2次がんの発生を調査。大阪府がん登録にある前立腺治療症例の2次がんの発生データと、年齢や放射線治療前のホルモン療法の有無といった背景因子をそろえて比較した結果、X線治療や小線源治療を含む光子線治療と比較して、重粒子線治療では2次がんの発生が明らかに少ないことがわかった。
また、国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」の罹患データと年齢を合わせて比較したところ、前立腺癌の重粒子線治療後の2次がんの発生率は、同年代の一般男性におけるがんの発生率と比べて増加していないことが示唆された。
具体的には、重粒子線治療後のデータを確認すると、1455例中234例の2次がんを認めた。リスク因子解析を行うと、年齢と喫煙がリスクとして示唆され、これらはこれまでの報告と矛盾しなかった。
大阪府がん登録のデータで、同時期に手術を受けた症例5948例と光子線治療を受けた症例1983例と比較すると、有意に放射線治療を受けた群で2次がんの発生が多いことがわかった。ところが、重粒子線治療後のデータと光子線治療後のデータを、年齢や放射線治療前のホルモン療法の有無といった背景因子を可能な限り揃えて比較すると、重粒子線治療後の方が有意に2次がんの発生が少なかった一方、手術とは明確な差がなかったことがわかった。
データ成熟の20年後に再度解析
今回の研究は重粒子線治療後の2次がんに関する最初の報告になる。今後は、2次がんを認めた症例の全身の線量分布などと併せ、放射線による発がんの仕組みをより深く理解していくとともに、今回の結果を、範囲を広げて検証していくことが必要になる。
今回の研究の限界は、収集目的や項目が異なる2つのデータベースを比較対象としたこと。わが国では2016年から全国がん登録が始まった。また、ここ数年で日本国内外において重粒子線治療が始まっている。研究チームでは、これらのデータが成熟してくる15~20年後に再度解析を行うことで、今回得られた結果を確認できると考えている。