東京大学、農研機構、日本原子力研究開発機構の研究グループは、福島原発事故で原子炉から飛散した放射性微粒子が純水や海水中で溶解することを明らかにし、その溶解速度(放射能の減少速度)を見積もることに成功した。
2011年3月に起きた福島原発事故により、放射性セシウムを中心とした放射性物質が環境中に放出された。この放射性セシウムの多くはガス状で、降雨等によって地上に降下し、現在は土壌に含まれる粘土鉱物等に吸着・固定されていると考えられている。
しかし、これとは別に、放射性セシウムの一部は原子炉から直接飛散した微粒子に含まれていることが最近の研究で分かってきた。原発から放出された全放射性物質に占める放射性微粒子の割合は低いが、その小さいサイズのため大気中を浮遊しやすく、一粒子あたりに含まれる放射能が数ベクレルと放射性セシウムを吸着している土壌粒子と比較してかなり高い。
このため、放射性微粒子の近傍への放射線影響が局所的に高まることが懸念され、その性質や環境中での動態を調べることは喫緊の課題であった。
これまで、東京大学、農研機構、日本原子力研究開発機構の研究グループは、この微粒子の正体が窓ガラスのような珪酸塩ガラスであり、そこに鉄や亜鉛などとともに放射性セシウムが溶け込んでいることを明らかにしている。また、このような珪酸塩ガラスは、緩やかであるが液中で溶解が進むことが知られており、放射性微粒子の数ミクロン以下という大きさを考えると、放射性微粒子も長期的に見れば溶液中で消失する可能性がある。
研究グループは、この点に着目し、環境中から採取した放射性微粒子を使い、様々な温度条件下で、純水中および海水中における溶解速度を算出した。また、電子顕微鏡技術によって、その溶解プロセスを明らかにした。
放射性微粒子の溶解速度を算出、溶解プロセスを解明
実験で用いられた放射性微粒子は、原発事故時に野外にあった農業資材の不織布に付着していたものである。今回の実験では、この放射性微粒子の付着した不織布片を溶液(純水と人工海水)に浸漬し、ある温度で一定の時間経過した後、溶液中の137Cs濃度をゲルマニウム半導体検出器で測定することで、溶液中に放出された137Csの量を算出した。
また、これ以外にIPオートラジオグラフィーと電子顕微鏡を用いてこの不織布から放射性微粒子単体を採取し、同様の溶解実験を実施。微粒子の137Cs濃度がほぼ半減したところで、再びこの微粒子を溶液中から回収し、どのような構造や組成の変化が起きたかを電子顕微鏡により詳細に観察・分析した。
測定によって算出された137Csの溶出速度が放射性微粒子を構成する珪酸塩ガラスの溶解速度に等しいと仮定すると、溶解速度の活性化エネルギーは純水と海水でそれぞれ65と88kJ/molとなり、溶液の温度が13℃(福島市の年間平均気温)のときの微粒子の半径の減少速度は純水中と海水中でそれぞれ0.014と0.140ミクロン/年と見積もられた。これまでに環境中から採取した放射性微粒子の一般的な大きさである半径1ミクロンの場合、純水では70年、海水では10年程度で微粒子が完全に溶解する計算になる。
また、溶解前後の微粒子を比較した結果、純水中では、溶解により微粒子の堆積が明らかに減少するとともに、球形に近い形態から不規則に窪みが形成された形態に変化したことが明らかになった。この微粒子を薄膜化して電子顕微鏡で観察すると、その表面にはガラスに含まれてスズや鉄が酸化物として表面に形成されていた。一方、海水中の溶解では、もとの微粒子の表面が殻のように残ってそこにスズや鉄の酸化物が形成され、その内部に微粒子の未溶解の部分が残っていた。