■ポイント□
〇スキー場が閉鎖され、人為的なゲレンデ管理が停止されると、徐々に観察されるチョウの種数や数が減少することを明らかにした
〇草地性や荒地性のチョウは、閉鎖からの経過年数に伴って種数や量が減少した。一方、森林性のチョウは閉鎖後に一時的に種数や数が増加したが、長期的にはともに減少
〇ゲレンデ管理がされなくなったスキー場跡地では、チョウが食物として利用できない植物が繁茂することでチョウの幼虫や成虫の食物が減少し、生息するチョウが減少したと考えられる
東京農工大学大学院農学府農学専攻の沖和人さん(修了生)、同大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授らの国際研究チームは、営業の停止に伴い、人為的なゲレンデ管理がなされなくなったスキー場跡地では、営業停止からの経過年数に伴い、観察されるチョウの種数や個体数が減少することを明らかにした。
定期的な草刈り等が行われなくなったスキー場跡地では、ゲレンデが草原から森林へと変化するとともに、回復した森林も自然本来の状態の森林とは異なることで、チョウの幼虫が食べる植物(食餌植物)や成虫が吸蜜する花が減少することが、こうした状況のメカニズムとして考えられるとしている。
この研究は、沖さん、小池さんと東京大大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻の曽我昌史准教授、オーストラリアのクィーンズランド大生物科学部(兼任農工大大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)の天野達也博士らの国際共同研究チームが行った。
スキー場跡の森林は下層植生が未発達
調査は、長野県北部周辺でのスキー場跡地19ヵ所(調査年の1~46年前に営業停止)と営業中のスキー場5ヵ所で実施した。草原を主な生息場所とするチョウ(草地性種)が13種1573個体、人里周辺を主な生息場所とするチョウ(荒地性種)が11種3167個体、森林を主な生息場所とするチョウ(森林性種)が37種644個体の計61種2533個体が確認された。これらの種の中には、草原に依存した種や自然度が高い地域に生息する種も含まれており、スキー場がチョウの保全にとって重要な環境であることを示している。
解析の結果、スキー場の営業停止からの経過年数が増えるに伴い、観察される草地性種と荒地性種の種数と個体数が減ることが分かった。森林性種の種数と個体数は、営業停止後に一時的に増加傾向がみられたが、その後は減ることが分かりました。
また、スキー場の経過年数とチョウの間の負の関係のメカニズムを探った。その結果、スキー場の営業が停止するとゲレンデ跡地の植物高が高くなり、⑴草地性種を中心としたチョウの食餌植物の量が減少することと、⑵成虫(草地性種や森林性種)にとっての生息環境が劣化することの二つの影響が大きいことが示された。
また、経過年数が15年目以降に森林性種の数が減少した理由としては、スキー場独自の造成方法や管理方法が影響している可能性が高いことをあげた。つまり、森林性種の生息には階層構造が発達した森林が必要だが、スキー場跡地に成立した森林では、草本層や林床などの下層植生が十分に発達しないなど、この地域本来の極相林が成立しにくく、その結果、森林性種が回復しなかったという可能性を示した。
これらの結果は、スキー場の人為的な管理の停止は、チョウの食餌植物や成虫の食物となる花を咲かせる植物を減らすことで、長期的にチョウ類相の衰退に拍車をかけていることを示している。