■ポイント□
〇呼吸パターンは、アスリートのさまざまな筋骨格系疾患や精神状態と密接に関係する
〇Hi-Loテストで安静時の呼吸パターンを評価した全てのアスリートのうち、約90%のアスリートが非効率的呼吸パターンを有する
〇安静時の呼吸パターンが効率的(横隔膜呼吸パターン)であったアスリートは、全体の約9%のみであった
〇これらの研究結果から、スポーツ外傷・障害予防や運動パフォーマンス向上で、安静時の呼吸パターンをスクリーニングすることの重要性を示唆
立命館大学スポーツ健康科学部の下澤結花助手ら研究グループは、アスリート1993名に実施した疫学調査から、約90%のアスリート(1751名/1933 名)が安静時に非効率的呼吸パターン(胸式呼吸)を有していたことを明らかにした。この研究成果は5月24日、「Journal of Strength and Conditioning Research」に原著論文としてオンライン版が公開された。
この研究を行ったのは、下澤助手をはじめ、寺田昌史講師、杉山敬特任助教、伊坂忠
夫教授、総合科学技術研究機構の栗原俊之プロジェクト研究員、菅唯志准教授ら。
運動パフォーマンス向上への入り口
ここ数年、安静時の非効率的呼吸パターンなどを含む呼吸機能不全は、腰痛症などの筋骨格系疾患の関連要因であることが明らかになっている。加えて、呼吸機能は運動機能や動作パターン、精神的・心理的状態と密接に関係することが報告されている。
適切な呼吸パターンの獲得は、心身の緊張とリラックスのバランスを整え、運動パフォーマンスの向上や心身への負荷を軽減することに繋がる入り口と考えられている。このため、アスリートの身体的・精神的な健康の維持に関して、呼吸機能の重要性が注目されている。
これまでに、喘息などの呼吸器系疾患を有する患者における非効率的呼吸パターンの割合は報告されているが、アスリートの呼吸パターンの評価を検討した研究は多くない。
そこで、今回の研究では、安静呼吸時の呼吸パターン評価法であるHi-Loテストを用いて、アスリートの非効率的呼吸パターンと効率的呼吸パターンの割合を調べた。
研究は、さまざまな競技・年齢層・地域のアスリート1933名を対象とし、Hi-Loテストを用いて安静時の呼吸パターンを評価。Hi-Loテストでは、立位姿勢の対象者の右手を胸部に左手を腹部に置き、安静呼吸中の胸部と腹部に置かれている手の動きを視診することで、呼吸パターンの評価を行った。Hi-Lo テストの結果から、アスリートの呼吸パターンを効率的呼吸パターンと非効率的呼吸パターンに分類した。効率的パターンを有するアスリートは、全体の約9%(182名/1933名)にとどまった。全体の約90%が、非効率的呼吸パターンを有していたことから、非効率的呼吸パターンを示すアスリートが多数を占めていることがわかった。
アスリートは安静時でも心身が緊張状態
この研究結果は、アスリートの健康管理やトレーニングで、呼吸パターンに着目することの重要性を示すものとなった。呼吸機能の低下は、酸素という栄養素を脳に供給することを妨げてしまうため、脳は疲弊して、心身の状態をうまくコントロールすることができなくなってしまう。大多数のアスリートが非効率的な呼吸パターンを有しているということは、安静時であっても心身が絶えず緊張または興奮状態にあり、疲労が蓄積しやすくなっている可能性が考えられる。
また、適切な呼吸は脊椎や体幹部の安定性に貢献するため、呼吸機能を改善することによって、運動パフォーマンスにも好影響を及ぼす可能性も浮かび上がる。
このため、今回の研究結果から、アスリートの呼吸パターンを評価した上で、呼吸を活用したエクササイズをトレーニングやコンディショニングに取り入れることの必要性が示唆された。今後、非効率的呼吸パターンがスポーツ外傷・障害の発生率とパフォーマンスに及ぼす影響や、呼吸パターン改善のトレーニング効果を検証することで、さらなる研究の発展が期待される。