東京海洋大学、東京工業大学と、宇部興産、港湾航空技術研究所、海洋研究開発機構は共同で、深海インフラ構築に向けたセメント硬化体の力学特性の評価手法を確立し、世界初の実海域でのデータ計測を開始した。深海でセメント硬化体の内部に生じる圧力やひずみを実際の深海底で連続計測することで、将来的に深海でのインフラ材料の開発や構造物の設計手法の構築に役立つことが期待される。この研究はコンクリート工学の科学雑誌に掲載された。
この研究は、高水圧が短期間及び長期間にわたって作用することで、セメント硬化体がどのように変形していくかを明らかにすることを目的とするもの。従来では潜水艇を用いて、深海から回収した後の硬化体の変化を測定していた。しかし、この手法では、回収の際に深海から浅海までの圧力変化により硬化体に変化が生じている可能性もあり、深海で生じた現象を正確に把握することができなかった。また、深海と同等の高水圧の水槽を利用した実験では、実際の構造物のスケールで起こりうる現象や実際の潮流・生物付着などの影響が再現できなかった。
そこで、硬化体内部に生じる圧力やひずみを深海底で連続計測する方法を確立した。深海で起こっている現象だけを抽出してデータを分析、考察することが可能になる。
研究グループは、2020年7月に駿河湾沖70㌖に位置する南海トラフ北縁部、水深約3500㍍の海域に硬化体と計測装置を設置しました。2021年度中に回収し、計測結果を解析する。
深海インフラ構築へ基礎データ収集が重要
排他的経済水域(EEZ)と領海の面積が世界第6位という海洋国家の日本にとって、積極的な海洋利用は重要な課題のひとつ。EEZに占める深海の海洋面積は非常に広く、近年ではさまざまな海洋資源の開発が検討されている。このほかにも、潮力発電などの海洋エネルギー利用、海底を活かしたデータセンサーの設置や大型ニュートリノ検出器の建設、深海都市構想など、新しい科学・産業分野の開拓に繋がる様々な可能性が議論されている。
将来的に深海での海洋インフラの建設には、設計の自由度や汎用性が高いセメントの利用が検討されている。セメントは地下資源に乏しい日本で、ほぼ100%自給可能な資源である石灰岩をもとに製造されており、材料として安定的に供給できるというメリットもある。
しかし、これまで深海の極限環境がセメントを使用した構造物にどのような影響を及ぼすかは、ほとんど評価されてなかった。最新の研究では、深海でセメント硬化体が著しく劣化したことが報告され、既存の知見や設計手法だけでは深海インフラを構築できないことが明らかになってきた。深海インフラの構築に向けて、まずは基礎データの収集が重要となっている。