千葉大学准教授らは、室内の温度やにおい、音などの人間の知覚に関わる室内環境のデータを取得するセンサネットワークシステムを開発し、取得したデータからその環境内にいる人間のこころの状態(心的状態)を推定するシステムを構築した。その結果、環境データのみを用いて個人のストレスや覚醒度、疲労度、快適度の状態を80%以上の高い精度で推定することに成功した。この成果は、どの環境データが心的状態にどの程度影響を与えるか分析できるため、ストレスの少ない環境の設計や評価に幅広く応用できることが期待される。この研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに掲載された。
この研究開発に成功したのは、千葉大大学院工学研究員の小室信喜准教授と平井経太准教授。人文科学研究院の一川誠教授(山口大学時間学研究所客員教授)とともに、システムを開発した。
客観的な解明が困難「心的状況の把握」
学習・労働環境が変化しつつある現代社会/社会情勢で、メンタルヘルス対策、学習・労働の作業効率化、人為的作業ミス対策として、ストレスや疲労感、快適感、感情的覚醒度などの人間の心的状態の把握と環境改善が重要。
心理学や認知科学で用いられてきた実験データやアンケート等の手法で得た心的状態の把握は心理特性の主観的な解明には効果的だが、客観的に解明するのは困難。一方、体温や心拍数等の生体データ・心理指標と心的状態との対応を解析する研究は、客観的かつ高精度で心的状態を推定できるが、人体に取り付ける必要がある接触型センサを用いるため、人々の生活に浸透させるにあたって大きな障害になる。
これらの経緯から、心的状態推定システムの実用化に向けた課題解決策として、客観的かつ非接触的な手法で心的状態を推定することが望まれていた。
研究では、非接触型環境センサデータのみを用いて人間の心的状態を推定するシステムを開発した。はじめに、人の知覚に関わる環境データ(温度、湿度、照度、照明色、におい、音など)や室内環境データ(CO2濃度、微粒子など)、さらに生体センサから得られる生理的データ(皮膚体温、心拍)を総合的に収集し、環境データと生理的データを紐づける。この収集データをもとに深層学習によって環境データから得られる生理的データの精度を上げる。こうした取組によって、同システムではどのような場所でも接触型である生体センサを使うことなく環境データのみを用いて心的状態を推定できるようになる。
実験では、研究室で作業する10名(教員2名・学生8名)を対象に、システムを用いて人間の知覚に関わる環境データのみから個人のストレスや覚醒度、疲労度、快適度の状態を推定した。その結果、80%以上の精度で心的状態を推定できることがわかった。この結果により同システムでは、非接触型センサのみを用いて、従来の生体センサによる手法と同程度の精度を達成できたといえる。
この研究成果により、ストレスが少なく、より働きやすい労働環境・教育研究環境をサポートするシステムの開発が進展するものと期待される。非接触型環境センシングデータのみを用いて高い精度で客観的に心的状態を推定できるという結果は、今後の研究アプローチに役立つ知見。近い将来、センサノードが小型化し、スマートフォンやノートパソコンに搭載されれば、学習・労働環境が多様化する現代社会で、個人情報である生理的データを用いずとも客観的視点でメンタルヘルスをモニタリングできるようになることが期待される。