国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)は、固体中のイオンの移動とイオン間の相互作用を利用して動作する人工視覚イオニクス素子を開発した。明暗の境界付近が強調される人間の目の錯視を模倣することを世界で初めて実証した。この成果は、従来のソフトウェアを用いるデジタル情報処理システムとは異なり、ハードウェアを用いたアナログ信号処理による小型・低消費電力の視覚センシングシステムや画像処理システムなどの開発にも繋がると期待される。
ここ数年、人工知能(AI)システムの開発で、人間の知覚原理に基づく各種センサーやアナログ情報処理システムの研究が注目を集めている。従来のAI研究では、ソフトウェアを用いた高度なプログラミング処理や、演算回路やメモリを備えた専用の処理モジュールなどの複雑な回路構成が必要とされ、システムのサイズも消費電力も大きくなるという課題があった。
今回、研究チームは、固体電解質上に混合伝導体のチャネルを配列した人工視覚イオニクス素子を開発した。この素子は人間の網膜の神経細胞を模したもので、光受容体からの電気信号に相当する入力のパルス電圧によって、水平細胞に相当する固体電解質中のイオンがチャネル間を移動し、双極細胞の応答に相当する出力のチャネル電流が変化する。
この特性を利用して画像信号を入力すると、明暗の度合いが異なる境界(エッジ)部分が強調された出力画像が得られ、人間の視覚が色や形の境界線を強調して感じ取る機能(側抑制)を素子の特性だけで再現できた。
人間の目には、明暗の他にも傾き、大きさ、色、動きなどさまざまな錯視があり、物体の識別で大いに重要な役割を果たしていると考えられている。開発した人工視覚イオニクス素子はこれらの錯視も模倣できる可能性がある。今後、素子の集積化や受光回路等との統合を進め、より人間の網膜に近い機能を持った視覚センシングシステムの開発を目指す。