■ポイント□
〇科学的知見に基づき、法人の意思決定に有用な七つの指標を選定
〇介護・保育・障害などの主要な福祉サービスごとに法人を独自に分類し、法人ごとの財務偏差値を算定
〇法人が財務偏差値を見ることで財務指標に対して関心の薄い部分、満足している部分を知ることができ、自律的に経営改善を促すことを支援
横浜市立大学国際商学部の黒木淳准教授(大学院データサイエンス研究科)らの研究グループは、一般財団法人総合福祉研究会の社会福祉法人財務分析プロジェクトチームとの連携のもとで、約2万の全社会福祉法人の財務諸表データを用いた財務偏差値システムを研究開発した。
この研究成果は、社会福祉法人財務分析プロジェクトチームとプログラム利用契約書を締結し、総合福祉研究会の会員や非会員の社会福祉法人に対して、検索を希望する社会福祉法人の財務偏差値について、同システムを利用して経営改善に向けた参考情報を提供する。
2016年に社会福祉法の改正が行われ、社会福祉法人の財務諸表の収集と開示が進んできた。法改正では、経営組織のガバナンスの強化、事業運営の透明性の向上、法人による財務規律の強化を目的とした社会福祉法人制度改革が実施された。
これらの目的を達成するために、社会福祉法人の財務諸表等電子開示システムによって財務諸表等の開示が進み、膨大な情報が出ている。しかし、「これらの財務諸表等をどのように用いることができれば社会福祉法人の自律的な経営改善の強化につなげることができるのか」ということについては課題が残されていた。
アスビレーションの欠如の可能性を検討
研究グループは、社会福祉法人財務分析プロジェクトチームと2019年度から開発を進め、社会福祉法人の経営者が財務諸表等を用いる場合には、①30以上もの財務指標が開示され、情報量が多すぎること、②法人ごとの比較対象となる目標値が不明瞭であること―の二つの課題があることを整理した。
そこで、成功を経験し,失敗を避けたいという欲求によって動機付けられるレベルである「アスピレーション・レベル」の理論を参考にして、研究開発を進めた。アスピレーションとは熱意や動機のことを意味する。財務業績の実績値が熱意や動機をもたらすアスピレーション・レベル(目標値)を超えていることから、経営者が財務業績の実績値に満足している、あるいは関心を持たない状態のことを「アスピレーションの欠如」と定義し、社会福祉法人の経営者でもアスピレーションの欠如が起きている可能性を検討したうえで、二つの取組を実施した。
第一に、全社会福祉法人の財務諸表データを用いて考えうるすべての財務指標を主成分分析によってカテゴライズし、またヒアリングおよびサーベイに基づき、社会福祉法人の財務面での自律的な経営改善を促すための7つの財務指標を選定した。
第二に、法人ごとの比較対象となるアスピレーション・レベルを同一都道府県・同一福祉サービスを提供する主体として定め、7つの財務指標について偏差値を算定した。
これらをBI(business intelligence)ツールを用いて可視化することで、社会福祉法人の経営者が自法人の財務状況や財政状態を簡単に把握することができ、アスピレーション(熱意や動機)を高めることのできるシステムを開発した。