自然選択による進化により、多様な形質を持つ生物の集団は環境に適応する。従来の進化学では、集団内の形質の多様性はランダムな突然変異で生じ、親世代の経験は反映されないと考えられてきた。しかしながらエピジェネティックス(※)研究の発展などにより、親世代の経験に依存した突然変異が起きる可能性が近年示唆され始めた。この傾向は、先祖の経験を各個体が学習し、多様性にバイアスをもたらす可能性を示すものだが、これにより進化がどれだけ加速し得るのかなどを扱う体系的な理論は存在していない。
東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程3年の中島 蒼大学院生と同生産技術研究所の小林徹也准教授は、こうした状況を踏まえて、理論進化学の数理手法を基盤に、学習と進化の関係を考察する数理的な枠組みを構築した。
まず先祖の形質をまねる先祖学習が、適応度の勾配、すなわちどういう方向に形質を変化させると適応度が大きく上昇するかを経験から推定することと等価で、その結果進化が加速されることを明らかにした。
また、従来の学習のない自然選択による進化で適応度が上昇していく早さを定量化する定理であるフィッシャーの自然選択の基本定理として知られる進化速度を測る定理を拡張。学習が進化をどの程度加速するかを定量的に予言する関係式も与えた。
これらは、親子で相関を示す実験データの解釈や、先祖学習を検証する新たな実験系の設計に加え、遺伝的アルゴリズムや機械学習などへの応用など、理学・工学の双方での応用が期待できる数理的基礎になることが期待される。
この研究成果は1月31日に米国物理学会による「Physical Review Research」に掲載された。
※ エピジェネティックス:DNAの塩基配列以外の形で次世代に形質が継承される仕組みを研究する学問分野。