京都大学防災研究所宮崎観測所の山下裕亮助教、産業技術総合研究所の伊尾木圭衣主任研究員、北海道立総合研究機構の加瀬善洋研究主任の研究グループは、浅部スロー地震の海底地震観測の成果や人工地震波を用いたプレート境界の位置情報など最新の地球物理学の知見をもとに、日向灘で過去最大級とされている1662年日向灘地震の新たな断層モデルを構築した。宮崎県沿岸部での津波堆積物の調査結果と断層モデルを用いた津波による浸水シミュレーションにより、この断層モデルを評価し、1662年日向灘地震がマグニチュード7.9の巨大地震であった可能性を科学的に初めて示した。この研究結果は、国や日向灘沿岸の地方自治体での地震・津波に対する防災に役立つ基礎資料となるものと期待される。
この研究成果の一部は、国際学術誌「Pure and Applied Geophysics (PAGEOPH)」に掲載された。
九州東方の日向灘は、M7級の海溝型地震が数十年間隔で発生する領域。1662年日向灘地震(現地では、外所(とんところ)地震とも呼ばれている)の規模は、この領域での最大級とされ、M7.6と推定されていた。
この地震は、日向灘で過去100年間で発生した地震では経験したことのない〝強い揺れ〟と〝大きな津波〟が特徴。この地震について、いくつかの断層モデルが提唱されているが、揺れと津波の両方を説明し得るモデルはなく、この地震の詳細は不明だった。
宇津(1999)は、宇佐美(1996)の記述をもとにこの地震の規模をM7.6と評価していたが、地震計による近代観測以前の地震で、歴史書物による被害の記述からの推定。加えて、算出の根拠について記述がないため、M7.6という規模は科学的な根拠にやや乏しいといえる。このため、この地震の詳細を明らかにすることは、日向灘の地震活動の科学的な理解という観点のみならず、沿岸の地震・津波に対する防災の観点からも懸案となっていた。
この地震についての研究を進めるきっかけが、2011年東北地方太平洋沖地震。この地震も〝強い揺れ〟と〝大きな津波〟が特徴だった。地震がM9まで巨大化した原因の一つに、プレート境界浅部で発生するスロー地震の関与が指摘されている。巨大地震とスロー地震の関係は、今や世界中で注目され研究が進められている。日向灘でも、海底地震計による浅部スロー地震の観測研究が進み、徐々にその特徴が明らかになってきた。
このような背景から、研究グループでは、「日向灘の浅部スロー地震震源域が1662年日向灘地震の大津波の波源域になったのではないか?」という仮説を検証するため、海底地震観測の研究成果やプレート境界の位置情報など、最新の知見をもとに新たな断層モデルを構築した。
さらに、この断層モデルを用いた浸水シミュレーションと津波堆積物の現地調査によって、1662年日向灘地震を再評価し、全体像を明らかにしようと考えた。