岡山大学学術研究院ヘルスシステム統合科学学域の中澤篤志教授らの研究グループは、拡張現実技術(AR)を用いた認知症ケアコミュニケーション訓練の有効性を実証した。38名の看護学生に対して、従来の模擬患者人形を用いた訓練と、拡張現実を組み合わせた訓練をランダムに割り当て、前後を比較。拡張現実により訓練を受けた学生群のほうが、アイコンタクトをより多く行えるようになるとともに、患者への共感性の向上度も高くなることがわかった。この研究により、拡張現実のコミュニケーション訓練の有効性が示されるとともに、医療・介護専門職だけではなく、家族介護者にも優しい認知症ケア技術を学べるようになる。
高齢化により認知症人口も増加していることに伴い、看護・介護者の不足が問題となっている。この、問題を解決するために研究グループでは、認知症者への〝優しい介護〟方法であるフランス発の認知症看護メソッド「ユマニチュード」の技術(スキル)を解明してきた。
その結果、熟練者は①アイコンタクトを頻繁に行う、②顔を20センチ‐30センチ程度の近さで正面方向から接することにより、認知症の人に認知されやすくする、③アイコンタクトと声掛け・接触などを複合的に実施する‐といったことが重要であることが明らかになった。
諸外国の研究などからも、看護・介護者にコミュニケーション訓練を行うことで、精神的負担や燃え尽き症候群の低減、被介護者への有効性などが示されていた。しかし、コミュニケーションスキルは書籍や映像のみによる教育では習得は不可能で、熟練者による対面教育が必要なため、〝多くの〟人に〝安価に〟コミュニケーション訓練を体験してもらうことが困難だった。
こうした現状を踏まえて研究グループは、拡張現実技術(AR)を用いた認知症ケアコミュニケーション訓練システムを開発し、有効性の実証実験を行った。このシステムでは、アバター(CG)の被介護者の顔がARグラス上に表示され、介護者(訓練者)は自分のアイコンタクトや話しかけの頻度、顔への距離などの状態を、表示内容や警告音などで確認することが可能になる。
また、〝良い〟スキルを実施した際には、アバターが笑顔になったり笑い声を発声するため、介護者は自分のスキルの良さや悪さを認識することができる。また、ARによるアバターの顔は、実際の模擬患者人形の顔部分に提示されることから、人形の体部分を使った他のケア技術(血測定や服の交換など)も同時に学ぶことができる。ARやVRにより「認知症の人の体験」をする従来研究は存在したが、看護・介護者としてのコミュニケーション技術を訓練するものは、今回開発したシステムが初であるとみられる。
38名の看護学生に対して従来の模擬患者人形を用いた訓練と、拡張現実を組み合わせた訓練をランダムに割り当て、訓練前後を比較した結果、ARにより訓練を受けた学生群のほうが、アイコンタクトをより多く行えるようになるとともに、患者への共感性の向上度も高くなることがわかった。アイコンタクトや顔の距離・傾きなどの評価には、頭部に装着したウェアラブルカメラからの映像を画像認識AIで解析する手法を用い、共感性の評価には、医療者の患者への共感度を計測するスケールであるJefferson Scale of Empathyを使用した。
参加者や教員の捉え方も好評で、「ケア中のコミュニケーション不足を知らせてくれるのが良かった」「自分はアイコンタクトしているつもりでも実はしていなかったことに気づかされた」「もっと患者さんとコミュニケーションを取ろうと意識するようになった」などの意見が寄せられた。