(一社)日本森林学会はこのほど、2015年度「林業遺産」として、▽若狭地域に継承された研磨炭の製炭技術(福井県大飯郡おおい町)▽若狭地域の里山における熊川葛の生産技術(福井県三方上中郡若狭町)― の2件が登録された。今回登録された2件は、いずれも福井県からの選出となっている。また、今回の選定によって、登録された林業遺産は16件となった。日本森林学会では今後もこの事業を継続していくとしており、積極的な応募推薦を求めている。
日本各地の林業は、地域の森林をめぐる人間の営みの中で編み出され、明治期以降は海外の思想・技術も取り入れつつ、大戦期の混乱を経て今日に至るまで多様な発展を遂げてきた。
「林業遺産」は、こうした日本各地の林業発展の歴史を将来にわたって記憶・記録していくための選定事業。日本森林学会が学会100周年を契機として2013年度から開始した。
3年目となった2015年度は、全国各地から3件の応募があったが、その中から2件が林業遺産として認定された。
認定された2つの技術体系の概要
登録 No.15 若狭地域に継承された研磨炭の製炭技術
ニホンアブラギリを主な原木とする研磨炭は、漆器の表面研磨をはじめ、金属工芸品や精密機械、光学レンズといった工業用研磨にも使用される木炭の一種。特に曲面の研磨に優れていることから、他の研磨材では代用できないものである。
研磨炭は、明治10年ごろに駿河漆器の生産過程でアブラギリを原料とした炭の有用性が発見され、静岡県内で改良が進み「駿河炭」の名で盛んに生産されてきた。しかし、大正時代に静岡県内での生産者が途絶え、以降、江戸時代から搾油のためにニホンアブラギリ栽培を進め、原木が豊富にあった福井県の若狭地域での生産が中心となった。
しかし、戦後のエネルギー革命等の影響を受け、現在は若狭地域在住の木戸口武夫氏が全国唯一の商業生産者となっている。良質な研磨炭を生産するため、原料確保(選木、伐採、搬出)も全て木戸口氏自身の手で行われており、駿河炭の伝統技術を現在に伝えている。また、高度な技術体系に裏付けられた森林資源活用の貴重な実例となっている。今回の認定では、その希少性とあわせて日本の伝統文化に貢献する林業技術として重要な価値を有することが高く評価された。
登録 No.16 若狭地域の里山における熊川葛の生産技術
熊川葛の原料となるのは、主に福井県南部(若狭地域)周辺に自生する葛根である。この地域は葛の生育に適し、良質な葛根がとれることから、熊川地区で生産された葛粉は17世紀ごろより京都で売買され、純白できめが細かく良質であるとして京料理や菓子の材料、薬などとして珍重されてきた。
葛根掘りは、かつては冬季の農家の仕事であり、1930年頃までには山に入って人の背丈ほどもある葛の根を掘り起し、葛粉の粗製品(玉葛)を作ることを生業としている者もいた。葛の蔓は樹木に巻き付いて成長を阻害する原因ともなっていたため、当時は葛根をどこの林野で掘っていても咎めないという暗黙のルールがあったとされる。
熊川葛は、手作業により掘り起こされた後、葛根に含まれるでんぷんの発酵を抑えるため、11月から3月の極寒期にのみ、近畿地方で最も水質が良いとされる清流北川の水を使用した「寒晒し」を行う。この作業により不純物が取り除かれ純白無垢な葛となる。現在、この江戸時代からの伝統製法を守りながら地元産の葛により熊川葛を生産しているのは、熊川葛振興会のみとなっている。
こうした近世からの典型的な山野利用、技術、品質を現代にとどめる対象であることから、今回、林業遺産として選定されることとなった。