2023年5月9日 高CO2環境でイネを増収させるコシヒカリ由来遺伝子 気候変動下での持続可能な稲作への貢献に期待

国際農研、農研機構、名古屋大学、横浜市立大学、理化学研究所、明治大学、かずさDNA研究所の共同研究グループは、イネの穂数を増加させる新規遺伝子「MP3(MORE PANICLES 3)」を「コシヒカリ」から初めて同定した。また、この遺伝子を導入したインディカイネが、高CO2条件下で元品種より多収となることを確認した。今後、大気中のCO2濃度上昇が続く気候変動下において、国内外の稲作の安定・多収への貢献が期待される。

 

高まるCO2濃度上昇に適した作物開発を求める声

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書では、温室効果ガスの1つである大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は、今世紀末に430~1000ppmに達し、地球の平均気温は1.0~5.7度上昇すると予測されている。

気温の上昇は、地域によって作物の生産性を大幅に低下させ、世界の食料安全保障を脅かす恐れがある。一方で、大気中のCO2濃度の上昇は、植物の光合成を促進させる正の効果を持つため、こうした効果を最大限に活用することで気候変動下での安定的な作物生産に繋げられる可能性があり、CO2濃度上昇に適した作物開発を求める声が高まっている。

 

穂重型の一穂籾数を維持しながら穂数を増加させる研究を推進

世界の人口の半数以上が主食とするイネの草型(くさがた)は、穂を多く生産することで収量を確保する「穂数型」と、穂は多くないものの1つの穂に多くの籾を生産させることで収量を確保する「穂重型」に大きく分類される。

一例として、半世紀以上前に育成され、今もなお作付面積が全国1位の「コシヒカリ」は穂数型の品種である。一方で、国内でトップレベルの収量性を持つ「タカナリ」などの多収品種では、穂重型が多く育成されてきた。

穂重型に関わる遺伝子は、近年のゲノム研究の進歩によって特定されてきたが、穂数型に関わる遺伝子は未特定だった。穂重型品種の一穂籾数(ひとほもみすう)をこれ以上増やすことは難しいが、穂数を増やすことで総籾数をさらに増加させたイネを育成する余地はある。また、植物の光合成の促進が期待される将来の高CO2環境では、増加させた籾を十分に実らせ、生産性を高められる可能性がある。

そこで今回、大気CO2の上昇を伴う気候変動に適したイネの開発を目標として、穂重型の一穂籾数を維持しながら、穂数を増加させる研究が行われた。この中で、国際農研と農研機構は研究総括、横浜市立大学と理化学研究所は遺伝子機能解析、明治大学とかずさDNA研究所はゲノム解析を担当した。

 

イネの穂数を増加させる新規遺伝子 「MP3」をコシヒカリから同定

今回の研究では、マップベースクローニングという手法で、「コシヒカリ」の第3染色体上にあり、穂数を増加させる遺伝子MP3を同定した。この遺伝子は、OsTB1/FC1という既知遺伝子のこれまでに報告されていない遺伝子型だった。

OsTB1/FC1は、穂の基となる腋芽で働き、腋芽の伸長を抑制する役割を担っているが、「コシヒカリ」が持つMP3の遺伝子型は、インディカイネが持つ遺伝子型よりも、その抑制の程度が緩やかであることが分かった。その結果、コシヒカリ型のMP3の腋芽伸長は、生育初期から促され、穂数が増加することが分かった。

日本の多収品種「タカナリ」が持つMP3の遺伝子型は、腋芽伸長の抑制程度が強いインディカ型MP3であることから、コシヒカリ型に入れ替えた「MP3置換タカナリ」を育成した結果、一穂籾数は「タカナリ」に比べてほとんど減少することなく穂数が20~30%増加し、総籾数が20%増加した。

次に、コシヒカリ型MP3の働きにより、総籾数を増加させた「MP3置換タカナリ」の高CO2濃度での反応を評価するため、大気CO2濃度を現在よりも約200ppm高い約580ppmに増加させた水田環境(FACE(Free‐Air CO2 Enrichment))で栽培した結果、同系統は「タカナリ」に比べて、玄米収量がヘクタールあたり8.1tから8.6tと約6%多収となることが分かった。一方で、通常のCO2環境では、両者の収量に明確な差は見られなかった。

 

新しい草型の多収イネを開発することが可能に

今回同定した「コシヒカリ」由来の遺伝子MP3を穂重型品種に導入することで、穂重型の一穂籾数と穂数型の穂数を併せ持ち、大気CO2上昇を伴う気候変動に適した新しい草型の多収イネを開発することが可能となった。MP3は、イネの栽培化やインディカイネの育種過程で、これまで利用されていないことも確認されており、国内だけでなく、インディカイネが広く栽培されている世界の諸地域においても今後の活用が期待できる。

また、穂数増加に寄与するMP3は、腋芽の伸長が著しく抑制されるリン欠乏条件でのイネの生産性向上にも貢献する可能性が示されている。このため、サブサハラアフリカなど、肥料や土壌からのリン供給が乏しい地域でのイネの生産性向上にもMP3の活用が期待できる。


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