農研機構、北海道大学、八戸工業大学は共同で、実験植物であるシロイヌナズナに感染する雪腐病菌を初めて特定し、シロイヌナズナを用いて雪腐病菌に対する植物の抵抗性を評価する実験系を開発した。雪腐病は、麦類や牧草を枯らす重要病害。今回開発された実験系により、これまで不明だった雪腐病菌の感染に対して植物が抵抗する仕組みの解明が進み、その知見に基づいて強い雪腐病抵抗性を持つコムギやオオムギ、牧草等の品種や雪腐病の防除技術の開発が進むと期待される。
効率的な抵抗性品種の作出法や防除技術の開発への期待が高まる
北海道などの積雪地帯では、コムギやオオムギ、牧草などの越冬性植物は長期間積雪下におかれるため、「雪腐病」による被害を受ける。雪腐病は被害が大きくなると作物が枯死してしまうため、一般的に農薬による防除が毎年行われている。農薬の散布時期としては根雪直前が望ましいが、根雪が予想より早まった場合は農薬の散布が行えず、逆に遅れた場合には散布後の降雨や融雪により農薬が流出して薄まり、効果が低下する。
そのため、雪腐病に強い(抵抗性をもつ)コムギやオオムギ、牧草品種の開発が望まれている。しかし、積雪の深さや場所などの環境的要因により被害の程度が異なるため、品種改良に利用できるような抵抗性を持つ個体を選抜するのは非常に困難であり、効率的な抵抗性品種の作出法や防除技術の開発が求められている。
他の植物病原菌と比べて抵抗性の仕組みに関する知見が少ない
植物は、病原菌の侵入に対して積極的に抵抗する手段をもっているため、その抵抗性の仕組みの解明は雪腐病に抵抗性をもつ品種の育成に大きく寄与すると考えられている。しかし、雪腐病菌は目に見えない積雪下で感染が進行するため、他の植物病原菌と比べて抵抗性の仕組みに関する知見が少ないのが現状。
そこで研究グループは、実験植物であるシロイヌナズナを用いて実験室内で雪腐病菌に対する抵抗性を評価できる実験系の開発に取り組んだ。その際、シロイヌナズナに感染する雪腐病菌はこれまで見つかっていなかったため、まず、シロイヌナズナに感染する雪腐病菌を探すことから開始した。
「雪腐病菌に対する植物の抵抗性」を実験室内で評価できる実験系を開発
今回の研究では、シロイヌナズナに感染する雪腐病菌を単離するため、理研BRCから購入した日本と海外で採取されたシロイヌナズナの生態型(自生する地域の環境に合わせて性質が分化した集団)18種を北海道農業研究センター(札幌市)において、野外で越冬させた。次に、春の雪解け後に各生態型の葉を回収し、シロイヌナズナに感染する雪腐病菌の単離を試みた結果、北海道恵庭市で採取されたEniwa株のみが雪腐病に感染し、その葉から3種の雪腐病菌(雪腐黒色小粒菌核病菌、雪腐褐色小粒菌核病菌、雪腐菌核病菌)が分離された。
単離した雪腐黒色小粒菌核病菌は、実験室条件ではシロイヌナズナのコロンビア株(研究で最も広く使われている標準系統株)にも感染することが判明したため、シロイヌナズナのコロンビア株を用いて、「雪腐病菌に対する植物の抵抗性」を実験室内で評価できる実験系が開発された。
さらに、この実験系により、コムギ等で報告されていた、低温馴化により雪腐病菌に対する抵抗性が向上する現象がシロイヌナズナでも初めて確認された。
また、低温馴化により植物の雪腐病抵抗性が向上する原因を明らかにするため、シロイヌナズナの植物ホルモン関連遺伝子の変異株を用いて低温馴化前後の雪腐病抵抗性を調査した。その結果、ジャスモン酸が働かない変異株(jar1)では、低温馴化による雪腐病抵抗性の向上が認められなかった。このことから、ジャスモン酸は低温馴化による雪腐病抵抗性の獲得に必要であることが示された。一方、エチレンが働かない変異株(ein2)では、低温馴化による雪腐病抵抗性が野生株より向上することが明らかとなった。エチレンは、雪腐病抵抗性の獲得において抑制因子(ブレーキ役)として働いていると考えられる。
雪腐病に対して強い抵抗性を有する品種の育成や防除技術の開発に期待
今回の研究で開発した「雪腐病菌に対する抵抗性をシロイヌナズナで評価できる実験系」を用いることで、複数の植物ホルモンが雪腐病抵抗性に関与することが示唆された。今後、植物の生理機能に関与する変異株に雪腐病菌を感染させた時の遺伝子の発現やタンパク質量の変動などを野生株と比較することで、雪腐病抵抗性の仕組みの解明と抵抗性に関与する重要遺伝子の特定が可能になると考えられる。同定した重要遺伝子を交配育種やゲノム編集、農薬開発のターゲットとすることで、雪腐病に対して強い抵抗性を有するコムギやオオムギ、牧草等の作物品種の育成や防除技術の開発が期待される。