岡山大学資源植物科学研究所の佐藤和広教授、農研機構の小松田隆夫主席研究員らの国際共同研究グループは、オオムギの発芽を一定期間休止させる主要な種子休眠性遺伝子「Qsd1(キューエスディーワン)」の配列を特定し、この遺伝子が胚の中で特異的に作用し、植物種子の休眠性では報告のないアラニンアミノ酸転移酵素を制御することで休眠をコントロールする仕組みを世界で初めてつきとめた。また、300品種余りの遺伝子配列の比較解析によって、イスラエル付近(南レバント)の野生オオムギから醸造用のオオムギ(休眠の短い品種)の祖先が起源し、その後その中からビールなどの麦芽製造の際に休眠の短い突然変異品種が選抜され、世界各地に伝わった歴史も判明した。オオムギの休眠性を制御することは、オオムギの生産や醸造業にとって極めて重要な課題であるが、今回の研究成果によって、オオムギ品種の遺伝子配列の差を利用した種子休眠の調節が可能となり、穂発芽の防止や麦芽醸造に適したオオムギの品種開発が進むと大いに期待されている。
種子休眠性関連の多数の遺伝子の存在
現在栽培されているオオムギの祖先となった野生オオムギは、中東を中心に自生している。野生オオムギは秋から春にかけて生育するが、成熟後、夏の高温乾燥を耐えるために発芽を一定期間休止し、数ヵ月を種子の状態で休眠して過ごす。オオムギは、1万年ほど前にこの野生オオムギから生まれ、世界各地に伝わった。
岡山大学では、約50年前からオオムギの種子休眠を研究しており、世界中の栽培オオムギと野生オオムギあわせて約5000品種の休眠程度を調査し、野生オオムギに長い種子休眠があること、栽培オオムギの中にも地域や用途によって種子休眠の長短に大きな差があることを確認していた。さらに、その後の遺伝解析によって種子休眠性に多数の遺伝子が関わっていることが示されていたが、その遺伝子の構造や機能は分かっていなかった。
休眠性遺伝子Qsd1を解析
今回、研究グループは、遺伝学的、分子生物学的な手法でオオムギの発芽を一定期間休止させる主要な種子休眠性遺伝子Qsd1を解析し、この遺伝子がアラニンアミノ酸転移酵素を制御すること、醸造のための麦芽製造によって次第に休眠性が短い品種が選抜されたこと、Qsd1が種子の胚のみで特異的に働くことを発見した。
種子休眠性遺伝子の同定と機能
今回の研究では、ゲノム情報、遺伝学的解析、分子生物学的な証明を組み合わせた最新の科学技術により、野生オオムギに存在する主要な種子休眠性に関るQsd1のDNA配列が決定された。また、遺伝解析に用いられた種子休眠に差のある品種の遺伝子配列が解析されたが、その結果、遺伝子内のアミノ酸の1つが変化して休眠性遺伝子が休眠型から非休眠型に変わることが分かった。
さらに、Qsd1はこれまで植物種子の休眠性では報告のないアラニンアミノ酸転移酵素を制御することを発見した。従来、植物の種子の休眠にはアブシジン酸(ABA)などの植物ホルモンが関わっていると考えられていたが、今回解析されたオオムギの種子休眠性遺伝子は、植物ホルモンの作用とは直接的に関わりのない原因で制御されていた。
醸造によって短くなった種子休眠
また、研究では、世界中から集められた300品種あまりの野生オオムギと栽培オオムギのQsd1遺伝子配列が比較された。その結果、休眠性が短くなった品種では同じ部分の配列が変異してアミノ酸が変わり、別のタンパク質として発芽を促進することが分かった。これらの休眠の短い品種の多くは醸造用で、遺伝子配列を解読した進化解析の結果、その祖先がイスラエル付近(南レバント)の野生オオムギに起源することが示された。イスラエル起源の野生オオムギは、その後、栽培オオムギとしてヨーロッパに伝わり、チェコや英国を中心に醸造用オオムギとして改良された際に休眠性が短くなり、近代になって日本を含む世界各地に伝わったことが明らかとなった。
種子休眠遺伝子は胚のみで働く
これまでの研究成果により、オオムギにはアラニンアミノ酸転写酵素遺伝子がQsd1も含めて5種類あると報告されている。これらの酵素は、ピルビン酸とグルタミン酸をアラニンなどに相互変換する機能を持ち、種子や葉、根など、生育の全期間を通じて働いている。
しかし、今回の研究で解析されたQsd1は、これまで報告されているオオムギのアラニン酸転写酵素遺伝子と異なり、種子が成熟するにしたがって、種子中の胚で特異的に作用することが分かった。また、オオムギは、この遺伝子が胚で特異的に作用することで、アラニンの代謝を制御し、種子の休眠の長さを調節する仕組みを持つことが発見された。
他の植物にもアラニンアミノ酸転写酵素遺伝子が存在し、特にイネの遺伝子の中にはオオムギと同じように胚で働く遺伝子も含まれているが、アラニンアミノ酸転写酵素遺伝子が休眠に作用するという報告はこれまでなかった。
休眠性の長短の制御を可能に
栽培オオムギには休眠の長短があり、遺伝子配列の違いによってこれらの差異が生じていると考えられている。ビールやウイスキー用の麦芽を造るオオムギは休眠が短く、同じタイミングで斉一に発芽する必要がある。一方、日本や北欧など収穫期に雨の多い地域のオオムギ生産では、穂についたまま芽の出る穂発芽が大きな障害となっている。今回の研究成果を用いて遺伝子鑑定による休眠性の長短を制御することで、醸造業や収穫時に雨の多い地域のオオムギ生産に貢献することが期待されている。