森林研究・整備機構森林総合研究所、北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場、農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター、京都府立大学、苫小牧工業高等専門学校の研究グループは、ジャガイモ畑の畝の高さを指標とすることで、防風林が土壌侵食を防ぐ効果(風食防止効果)を高精細かつ簡便に可視化できることを明らかにした。
防風林は、畑の表土の喪失や大規模な風害発生を防ぐ重要な役割を担っているが、農作業の効率化のため減少が進んでおり、特に北海道で顕著である。防風林の取り扱いを農家が決めるには、防風林の効果を可視化することが必要となる。
今回の研究では、強風による農地の土壌侵食の程度を表す指標としてジャガイモ畑の畝の高さを設定し、ドローンによる計測結果を用いることで、防風林の風食防止効果を高精細に可視化することに世界で初めて成功した。また、ドローンの代わりにレーザースキャナを搭載したiPadやiPhoneも畝の計測に有効であり、身近な機器を活用して地域住民自身が簡便に防風林の効果を把握できることも示した。さらに、計測したiPadのデータから畝の立体模型を3Dプリンタで作成した。この模型は、防風林の風食防止効果を可視化、可触化する教材として、防災教育や環境教育(木育)に活用されている。
減少が進む防風林、忘れられる役割
わが国では農作業の効率化に伴い、農家の所有する防風林の減少が進んでおり、特に北海道で顕著となっている。北海道では、開拓後に風による土壌侵食(風食)や作物被害が多発した歴史があり、農地の周りに多くの防風林が植えられてきた。中でも道東では防風林が地域を代表する自然景観となってきた。しかし、過去の被害を知る世代から代替わりし、防風林の役割についての認識は薄れ、「防風林の近くは日陰になる」、「大型機械での作業の妨げになる」などといった理由により防風林の減少が進んでいる。一方、この防風林の減少に伴って土壌侵食や作物被害がたびたび発生している。
今後、大規模な被害が起こらないようにするためには、農家が防風林の効果を十分に理解した上で、その取り扱いを検討判断できるようにする必要がある。
現在行われている気象観測に基づく防風林の効果把握では、一ヵ所の畑での調査であっても、防風林からの距離が異なる多地点に観測機器を設置する必要がある。この方法は、労力も時間もかかるため、手軽に調査できるものではなく、実施できる畑の数が限られる。一方、ドローンのように遠隔から観測する手法(リモートセンシング)であれば、少ない労力と時間で広い範囲を計測できるため、条件の異なる様々な畑での効果把握に使える可能性がある。しかし、この手法では侵食前後の二度、畑全体の地表面の地形を極めて正確に測量し、緯度経度が同じ地点の標高変化を算出する必要があり、その困難さのため、農地の土壌侵食に対する防風林の効果の観測には用いられてこなかった。
ジャガイモ畑の畝の高さの計測結果を指標に
防風林の風食防止効果を可視化するため、研究チームはジャガイモ畑の畝に着目した。ジャガイモ畑では、培土を行い等間隔で列状に畝を作り、畝の中に種イモを植える。畝は農業機械を用いて同じ高さ・形で作られ、風によって侵食された部分は高さが低下する。そのため、畝の高さを侵食の程度を表す指標とした。
これまでリモートセンシングでは、風食の前と後に2回、絶対座標(緯度、経度、標高)を厳密に測定し、風食前後の標高差を算出する必要があった。それに対し、畝の上部と下部の差という相対的な高低差の計測で、かつ畝上部の侵食と畝下部への堆積を合わせて評価できる畝の高さを侵食の指標とすることで、場所による侵食量の違いを検出する際に絶対座標の誤差による影響を軽減できた。さらに、防風林で守られた畝と守られなかった畝を、強風後に一度調査するだけでも、防風林の効果を評価できるようになった。
また、今回の研究では、農研機構北海道農業研究センター芽室研究拠点内の防風林(樹高12.5m、2列植え)が設置されたジャガイモ畑において観測が実施された。2022年5月の観測結果では、4月下旬に畝が作られた後に強風による土壌侵食が起こったが、ドローンによる調査で防風林によって風速が低下した場所で畝の高さが高く、侵食が防がれたことを明瞭に可視化できた。
さらに、より簡便な手法として、レーザースキャナを搭載したiPadやiPhoneを使えることも分かった。iPadのLiDARセンサーを畝に向け、無料のアプリで畝の高さを計測するだけで、防風林による畝の侵食防止効果を可視化できた。
防風林により畝の侵食が防がれたことは、表土が畑から失われずに済んだだけでなく、ジャガイモの緑化を防ぎ農業生産に役立ったことも示している。
防風林の効果の理解促進に期待
今回の研究で示されたドローンを用いた調査により、強風に伴う土壌侵食が発生した際に、防風林の効果を迅速に多数のジャガイモ畑で計測できる。また、畝の高さは定規などを用いて誰でも測定できる指標であるため、防風林からの距離が異なる畝で高さを図ることにより、農家が自分自身の畑で防風林が効果を発揮していることや、その効果がどれだけの距離まで及んでいるかを簡易的に把握することが可能になる。
さらに、iPadやiPhoneを使えば、一般に普及しているアプリを用いて高精細なデータを得ることもできる。今回の研究でiPadの計測データから作成された畝の立体模型は、既に10件以上の高校や農業大学校での授業、一般市民向けの木育セミナー、自治体職員の研修で、防災や森林機能の普及に活用されている。
防風林の効果は、強風時には大きくなるが、強風が起こらない平常年には目立たない。一方、日陰や作業障害といったデメリットは、防風林のすぐそばでしか発生しないにも関わらず、平常年にも目についてしまう。防風林の取り扱いを検討する上で、強風時に発揮される効果を十分に理解し、デメリットと比較する必要がある。今回の手法のように簡便な調査により、強風時の効果をわかりやすい形で記録し伝えることで、防風林の効果の理解促進につながると期待される。