筑波大学システム情報系の井澤淳准教授らは、「運動の〝ばらつき〟が卓越した運動学習能力を生む」ことを科学的に証明した。野球での投球やバットのスウィングなどで、初心者は〝ばらつき〟がちだが、澤准教授らが脳の動きから検証した結果、意外にもスポーツ初心者が示す運動のばらつきは、運動の修正方法を〝知る〟能力に大きく貢献している可能性が示唆された。
人類に備わる探索能力は、未知の体験や知識の獲得をもたらし、種としての成功に導いてきた。このような能力は、人類の学習機能にとって本質的な役割を果たしているかもしれない。アスリートは思い描いた運動と生成した運動の間に誤差が生じた場合、素早く誤差を修正し、正しい運動を実行することができる。一方、スポーツ初心者は、誤差を修正するまで時間を要する。
このような運動学習能力の差は、脳が運動のばらつきを活用し、正しい運動指令を探索する能力によって生じるのではないか―。筑波大学システム情報系の井澤淳准教授らは、このような仮説による研究を実施した。実際に、特定の運動タスクに対し、運動のばらつきが大きい個人ほど、運動学習のスピードが速くなるという相関関係が報告されている。しかし、その背景に存在するメカニズムは謎のままだった。
研究チームは、未解明で複雑なこの問題を、脳の働きを工学的に再構成する構成論的手法(脳を創ることで脳を理解する方法)で検証。具体的には、ニューラルネットワークによって構成される人工的な適応システムが、高い自由度を持つ身体を通じて運動スキルを獲得する過程を数理的に解析した。
その結果、たとえタスク成功率が一時的に減少したとしても、運動のばらつきを活用して探索することが、どのような運動に対してどのような誤差が生じるかという脳内表現を獲得する上で有効なことを示した。さらに、この脳内表現を用いれば、運動の誤差を基に運動指令を効率的に修正できることを明らかにした。
これらのことは、運動のばらつきが大きい方が、運動の修正方法を知ることにつながり、結果として運動学習が効率的になることを意味している。この研究成果により、これまで謎だった運動のばらつきと運動学習スピードの関係の背景にある理論が明らかになった。
この研究成果は、特に新しいスポーツ種目に取り組む場合や、リハビリテーションなど新しい身体構造に対して運動スキルを学習するような場面で重要。将来的には、効率的なトレーニング方法の開発に貢献することが期待される。
VR技術と結合しリハビリ技術開発に展開
また、適切な調整によって運動学習困難が解決可能であることを予測した点で、今回の研究成果は重要なものといえる。
研究グループでは、「一部のトップアスリートだけでなく、誰もが平等にスポーツを楽しめる社会の実現のために、こうした研究を積み重ねて運動学習の計算論を明らかにし、学習促進の理論を構築することが大切」と指摘。この理論を仮想現実(VR)技術と結合し、学習促進システムの開発やリハビリテーション技術の開発へと展開することとしている。