農研機構は、第5期中長期計画を定め、新たな体制で研究開発をスタートした。計画では、わが国の農業・食品産業のあるべき姿の実現に向けて、「アグリ・フードビジネス」、「スマート生産システム」、「アグリバイオシステム」、「ロバスト(頑健な)農業システム」の4つを研究の柱(セグメント)として推進するとともに、NAROプロジェクトでセグメント横断的な研究開発に組織一体となって取り組んでいくとしている。また、基盤技術研究本部を新設し、AI、ロボティクス、高度分析技術、データ・遺伝資源等の共通基盤技術の研究開発を強化していく方針だ。さらに、基礎から実用化までのそれぞれのステージで切れ目なく一流の研究成果を創出し、グローバルで産業界・社会に大きなインパクトを与えるイノベーションの実現を目指していくことが盛り込まれている。
イノベーションを通じて社会経済に貢献
農業・食品産業の生産額は約50兆円だが、輸出額は9000億円ほどで、伸びしろの大きな産業であり、政府も2030年に5兆円の輸出を目標としている。
また、農業・食品産業は、温室効果ガス(GHG)排出削減の重要分野である。農業・畜産・土地由来のGHG排出量は世界全体の24%に達し、農作物・食品の生産性向上とGHG排出削減の両立が重要な課題となっている。
農業・食品産業は、科学技術のフロンティアでもある。開発期間と費用を大幅に削減し、ゲノム編集作物による食料不足の解決、医療用家畜による再生医療や臓器移植、AI創薬など、大きな可能性を秘めている。
農研機構は、こうした可能性を現実のものとし、イノベーションを通じて社会経済に貢献するため、第5期中長期目標期間の開始にあっての方針を定めた。
― 第5期の方針・ポイント ―
【産業競争力強化に向けた研究課題の設定】
第5期では、農業・食品産業の「あるべき姿」である「食料自給力の向上と食料安全保障」、「産業競争力の強化と輸出拡大」、「生産性向上と環境保全との両立」を3つの目標としてバックキャスト方式で研究課題を設定した。その際、食料・農業・農村基本計画や、内閣府の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」、「みどりの食料システム戦略」も考慮されている。
また、第5期の研究課題の柱立ては、産業競争力強化に向けた出口志向の研究開発を強化するため、流通・加工・消費という川下から設定した。
具体的には、流通・加工、消費とフードチェーン全体の最適化を目指す「アグリ・フードビジネス」を1番手とし、次にスマート農業技術により農業生産の徹底的な強化を目指す「スマート生産システム」、バイオテクノロジーとAIを融合して新たな素材や産業創出を目指す「アグリバイオシステム」、最後に気候変動や災害に対して強靭な生産基盤の構築と、生産性向上と環境保全との両立を目指す「ロバスト農業システム」の4本柱とした。
農研機構の各研究所は、この4つのセグメントの下で各々大課題を担当する。そして、各セグメントを担当する研究推進担当理事が、その役割と権限と責任を明確にして、組織運営と課題推進の両方をマネジメントする形に変更された。
一方、セグメントを横断して総力を挙げて実施する研究として「NAROプロジェクト」が位置付けられた。新たなビジネスモデルの構築を目指す「スマ農ビジネス」や、構築連携によりゼロエミッション農業の実現を目指す「ゼロエミ農業」などの6課題が設定されている。社会情勢の変化や大型プロジェクトの獲得などにあわせ、機動的に見直しながら進めていく予定だ。
【基盤技術研究本部】
理事長直下に、基盤技術研究本部が設置された。AI、ロボティクス、高度分析技術等の基盤技術の強化と、データ・遺伝資源等の共通基盤の整備により、4つのセグメントと連携し、イノベーション創出を加速することを目的としている。
基盤技術研究本部は4つの研究センターで構成されるが、その中核は、2018年10月に設置された農業情報研究センターである。同センターの情報研究基盤を徹底的に活用し、データを一元的に管理することにより、相互に有機的に結びつける。同センターはそのほか、農業AI研究や農業データ連携基盤WAGRIの運営を行う。
また、農業ロボティクス研究センターでは、ジャストインタイム&クオリティ生産として、センシング技術、高精度生育予測技術、制御システムを開発する。遺伝資源研究センターでは、遺伝資源情報の高度化として、遺伝資源のゲノム情報、新機能を解明・付加して、民間等での利活用を促進する。
【農林水産分野の環境保全技術】
農研機構ではこれまで、水田由来のCH4の削減、畑地由来のN2Oの削減、畜産排せつ物由来のN2Oの削減、養豚汚水浄化施設でのN2Oの削減などの研究開発成果をあげている。カーボンニュートラルに向けた動きが活発化する中、この分野の研究は重要性を増しているため、農林水産分野の主要研究開発課題として推進していく方針だ。
【ムーンショット型農林水産研究開発事業】
世界人口の増大、地球温暖化、食料生産環境の劣悪化の中で、地球規模での食料増産と環境保全との両立を目指していくとしている。このため、未来に向けた破壊的イノベーションを目指すムーンショット型農林水産研究開発事業として、365日・24時間無人稼働する農場、化学肥料ゼロ・農薬ゼロ、フード・ロスゼロ、余剰・廃棄食品の再利用などの研究を実施する方針である。
【世界に冠たる研究組織を目指す】
農研機構は、農業・食品産業におけるSociety5.0の深化と浸透に向けて、明確な出口戦略の下で、基礎から実用化までのそれぞれのステージで、切れ目なく一流の研究成果を創出し、産業界・社会に大きなインパクトを与えるイノベーションを創出することによって、「世界に冠たる一流の研究組織」になることを目標としている。