農研機構、森林総合研究所、中央大学らの研究グループは、野生ニホンジカの成熟が農作物を食べることで早まることを、シカの骨コラーゲンの窒素安定同位体の比率(δ15N値)の解析から明らかにした。
農作物への依存がシカの体サイズ成長や妊娠率にもたらす影響を科学的に検証
野生鳥獣による農作物の被害額は年間約158億円(2019年度)であり、その約34%はニホンジカによる被害で、個体数の増加と分布拡大への対策が喫緊の課題となっている。
野生鳥獣にとって農作物は栄養価が高い上に農地で大量に採食することができる魅力的な食物であるといえるが、農作物を食べることが具体的にシカの身体にどのように影響するのかは不明だった。
そこで研究グループは、シカによる農作物の被害が多く確認されている長野県と群馬県の調査地で捕獲されたメスの野生ニホンジカ152頭の標本と付随するデータを解析することで、農作物への依存がシカの体サイズ成長や妊娠率にもたらす影響を科学的に検証した。シカのように10年以上の寿命を持つ動物の場合、栄養の蓄積が身体にもたらす影響は齢によって異なる可能性があるため、0歳、1‐4歳、5歳以上の3グループに分けて農作物採食の影響を調査した。
長期に渡る農作物の採食が若齢シカの成長を早めて妊娠率を上昇させる
2017‐2019年にシカが主に農地外で採食する食物と加害する農作物(牧草、野菜類)を収集し、窒素安定同位体比(δ15N値)を測定した結果、農作物は農地外の植物に比べて高いδ15N値を示すことが分かった。
次に、2012‐2019年の12月下旬から5月上旬の間に捕獲された野生シカの骨に含まれる骨コラーゲンのδ15N値を測定した。動物の骨に含まれる骨コラーゲンは代謝速度が遅く、複数年の間に採食した食物の同位体比を反映することが知られている。骨コラーゲンのδ15N値が高いほどシカがより長期的に農作物に依存していたことを示す指標となる。
0歳と1‐4歳のシカでは、骨コラーゲンのδ15N値が高い個体ほど体が大きくなることが分かった。0歳で妊娠していたシカは1頭のみで検討できなかったが、1‐4歳のシカでは、体が大きい個体ほど妊娠率が高くなることが分かった。長期的な農作物への採食依存は単年の妊娠率に直接的には影響しないものの、体の成長を介して間接的に妊娠率に影響すると考えられる。これらの結果は、長期にわたる農作物の採食が、若齢シカの成長を早め、その結果妊娠率を上昇させることを示唆している。
5歳以上のシカでは、骨コラーゲンのδ15N値と体の大きさの間には関係が見られなかった。同様に妊娠率への影響も確認されなかった。この結果は、農作物の採食がシカの身体にもたらす影響は4歳以下の若い個体の方が大きいことを示している。
効果的にシカを管理する方法の確立への貢献に期待
今回の検証結果から、農作物依存度が高いほど、4歳以下の若齢のシカの体が大きくなり、その結果妊娠率も高くなることが分かった。さらに、こうした農作物採食によるシカの「早熟化」現象は、シカ個体数の増加を促進する可能性を示している。
これらの研究成果は、シカや、シカによる農業被害の増加を抑制するためには、シカの農地への侵入防止や農作物を食害する個体の駆除が重要であることを強く示している。また、農作物依存度の指標としてδ15N値を活用することで、「農作物を食害する個体がどのような場所に生息しているか」などといった、農作物を食害する個体の特性を知ることができる。今後のこうした研究の発展については、農業被害を減らす上で効果的にシカを管理する方法の確立に役立つことが期待されている。