東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門の梶田 真也教授をはじめとする国内外の機関からなる研究グループは、大正時代に奥尻島で発見された桑の野生種である赤材桑が、鮮やかな赤い色の木材をつくる仕組みを解明した。赤材桑がつくる木材は、色が赤いという特徴だけではなく、通常の樹木がつくる木材よりも成分の分離が容易で、化学パルプや燃料、化成品の製造に適している。今回の成果により、桑の木材に新しい利用の道が開かれると共に、他の樹種への応用も期待される。
赤色の木材を生み出す原因遺伝子や赤い木材の化学成分は不明
約5000年前に中国で始められたとされる養蚕は、日本でも約2000年の歴史を持つ。この間、わが国独自の桑品種が数多く生み出され、現在も茨城県つくば市にある農研機構のほ場を中心に、国内各所で数百品種が保存栽培されている。これらの中には、葉や茎の形質が特別な品種が多数あり、学術的に高い価値を持つものの、形質発現の仕組みが遺伝子レベルで詳しく調べられた品種はこれまでほとんどなかった。
赤材桑(せきざいそう)は、大正元年ごろに北海道の奥尻島で発見された桑の野生種で、夏場の成長期、茎や枝に鮮やかな赤い木材をつくる。発見当初、同島では赤材桑を紫桑(むらさきぐわ)や薬桑(くすりぐわ)と呼び、養蚕に加えて神事の供物や漢方薬の原料としても使っていたとされている。大正11年に、当時東京の杉並にあった養蚕試験場に持ち込まれた穂木から苗木が作られたことを機に、同場の職員であった吉村 武三吉氏によって赤材桑と名付けられた。それ以来、赤材桑は接ぎ木などで株分けされ、現在でも国内数ヵ所で育てられている。
黒檀に代表されるように、特徴のある色の木材をつくる樹木は珍しくないが、木材の顕著な着色は年を経て成熟する過程で起こる。このため、幹や枝の中で木材ができた直後は、多くの樹種で木材は淡いクリーム色をしており、赤材桑のように当初から真っ赤な色を呈する野生の樹種は過去に報告されていない。これまでに赤材桑が赤色の木材を生み出す原因遺伝子や赤い木材の化学成分は、全く明らかにされてこなかった。
国内外の機関が共同で研究を実施
今回の研究は、東京農工大学、農研機構、産業技術総合研究所、森林研究・整備機構の国内4機関に加え、米国・ウィスコンシン大学、ベルギー・ゲント大学の共同で実施された。
研究グループは、まず、赤材桑と普通の桑の木材をチオアシドリシスと呼ばれる特殊な方法で処理し、木材の分解産物を調査した。その結果、赤材桑からはインデン骨格を持った特殊な化合物が検出された。この化合物は、桑の木材に20%程度含まれる芳香族高分子であるリグニンに由来するもので、赤材桑のリグニンが特殊な構造を持っていることが推察された。
次に、赤材桑からリグニンを単離し、核磁気共鳴分光法で分子構造を調べたところ、赤材桑のリグニンにはインデンの元になる多量のケイ皮アルデヒド類が取り込まれていることが分かった。この原因として、リグニンの合成に関与するシンナミルアルコールデヒドロゲナーゼ(CAD)遺伝子の機能不全が疑われた。