2024年7月31日 窒素循環は気候に影響与える 東大教授らが解明 効果的な対策に貢献

東京大学大学院農学生命科学研究科の伊藤昭彦教授らによる研究グループは、人為起源の反応性窒素(Nr、※))が地球環境に与える影響を明らかにした。人間活動による窒素放出インベントリ、大気化学モデル、陸域窒素循環モデルを用いることで、環境中に放出された反応性窒素が大気中の微粒子や温室効果ガス、さらに陸域生態系の炭素収支に変化を与えることで気候システムに影響を与えていることを初めて解明したもの。炭素循環が大気中の二酸化炭素(CO2)の濃度を介して気候に影響を与えていることは以前から知られていたが、伊藤教授らの研究では窒素循環の影響を明らかにした点で新規性がある。この研究成果は、今後の人為起源の窒素利用と温室効果ガス排出を同時に削減することによる効果的な気候変動対策に役立つことが期待される。

農地での堆肥・肥料や化学工業のため大量の窒素が使用され、反応性窒素(Nr)として環境中に放出されてさまざまな環境問題を引き起こしている。しかし、窒素循環の変化が地球の気候に与える影響の全体像は十分に理解されていなかった。

放射強制力(RF: Radiative Forcing)は、大気組成の変化などによって生じる地球の放射収支の変化(単位はワット毎平方メートル)で、地球温暖化を引き起こす強さの指標として用いられている。大気中の温室効果ガス濃度の上昇は正の放射強制力を持ち、エアロゾルは日射を反射することで負の放射強制力を示す。

そこで、ドイツのマックス・プランク研究所などから多くの研究者が参加する国際チームによって、地表での窒素動態や大気中での輸送・化学反応を扱うモデルを用いた分析が行われた。陸域生態系の窒素循環に関しては、複数モデル相互比較(NMIP2)の結果を使用しており、そこに東京大などで開発されたVISIT(Vegetation Integrated SImulator for Trace gases)が寄与していた。

その結果、地球のNr循環の変化は温暖化と寒冷化の両方に作用することが示され、両者が相殺しあった結果、産業革命以降では正味での寒冷化効果が生じてきたことが明らかとなった。

温室効果ガスであり、土壌中の微生物の働きで生成放出される一酸化二窒素(N2O)や、窒素酸化物(NOx)との化学反応の結果として生じる対流圏オゾン(O3)は温暖化を招く。

一方、同じく大気中の化学反応により、微粒子(エアロゾル)による日射の反射や温室効果ガスであるメタン(CH4)の減少が生じ、さらに地表に沈着した窒素は植生の成長を促進して二酸化炭素の吸収を引き起こすことで寒冷化を招く。その大きさは、1850年から2019年の間の放射強制力にしてマイナス0.34ワット毎平方メートルと推測。これはCO2などの人為起源温室効果ガスによる温暖化の約六分の一に相当する規模となっている。

これらの効果は場所ごとに異なった強さで現れ、特にエアロゾルの効果によってアジア、ヨーロッパ、北アメリカで強く負の放射強制力(寒冷化を招く効果)が働いていることが示唆された。

伊藤教授らの研究では、Nrが地域の環境汚染だけでなく地球の気候に与える影響の全体像を初めて解明した。この成果により、人間活動から排出されるNr関連ガスの削減による気候変動対策のより効果的な実施につながることが期待される。

 

※反応性窒素(Nr: Reactive Nitrogen):大気中に大量に存在する窒素分子(N2)は非常に安定した状態にある。窒素循環を考える場合は、窒素分子を除いた化学反応で形態を変えて環境中で様々な役割を果たす窒素化合物 (反応性窒素)を対象とする。代表的な反応性窒素として、無機物ではアンモニアや硝酸、有機物ではアミノ酸やタンパク質がある。安定な窒素分子を反応性窒素に変える工業的な方法として、ハーバー・ボッシュ法などがある


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