「ワークライフバランス施策の推進によって人々の生活満足度が高まる」ということは、一見自明に見えるが、果たして本当にそうだろか?―。こうした疑問に対して、東京理科大学教授は、OECD(経済協力開発機構)加盟34ヵ国のデータを用い、多国間の比較に基づいたマクロレベルを解析。従来、ワークライフバランスの政策では、女性の懸案事項に焦点が当てられてきたが、「レジャーとパーソナルケアに費やす時間」の取得状況を改善することの効果は、女性よりも男性の方が大きいことなど、既存の見解とは異なる結果が得られたという。研究グループでは、この研究の知見は、OECD加盟諸国における労働政策デザインに、有益な示唆を与えると考えられるとしている。
過去20年間、仕事と生活のバランスをとること(ワークライフバランス)と生活満足度との関係は、政策立案者や労働経済学者など多くの人々の関心を集めてきた。生活満足度は人々の幸福度や社会の健全性を測る重要な指標。「ワークライフバランスが改善されれば、人々の生活満足度も高まるだろう」と当たり前のように考えられてきたが、これまでの研究では一つの国内や少数の国を対象とした研究しか行われておらず、多国間にまたがるマクロ的視点からのアプローチはなかった。
この研究を行ったのは東京理科大経営学部の野田英雄教授。論文誌「Journal of Happiness Studies」に掲載された新しい研究で、OECD(経済協力開発機構)加盟国34ヵ国のデータに基づき、生活上のさまざまな要素が男女の生活満足度にどう影響するのかを分析した。
従来の考えとは異なる知見
野田教授はマクロレベルの視点から、OECDの「より良い暮らし指標」のデータを収集し、「ワークライフバランス改善の試みが、生活満足度にどの程度変化をもたらすか」を評価するための値(生活満足度のワークライフバランス弾力性)を算出・分析した。また、OECD加盟34ヵ国の男女双方の主観的健康状態、長期失業、所得格差と生活満足度の関係についても分析した。
ワークライフバランスの指標である「レジャーとパーソナルケアに費やす時間」は、EU加盟国の間でおしなべて高く、特にノルウェーとデンマークでは、生活満足度のスコアが同様に著しく高い値となった。34ヵ国全てで、男性も女性も、スコアの傾向は類似していた。また、GDPの高い国々(例えばEU諸国、ニュージーランド、オーストラリア、イスラエル、カナダ、アメリカ)では、GDPと生活満足度の間に大まかな関連性があることも見出された。
従来、ワークライフバランスの政策では、女性の懸案事項に焦点が当てられてきたが、今回の研究により、男性の方が女性より「レジャーとパーソナルケアに費やす時間」を必要としており、もし、その時間が得られた場合の生活満足度への影響は、男性の方が大きいことが明らかになった。これは従来考えられてきた既存の見解とは異なる知見。
このことから、人々の生活満足度を高め、生産性も高めるためには、組織の規定作成や国の労働政策のデザインの際、従来のように女性の懸案事項に注力するだけではなく、男性のワークライフバランスを改善する施策を盛り込むことも重要であることが示唆された。
労働環境の変化、影響調査が必要
一方で、所得格差による影響については、統計的な有意性は示されなかったが、さらに変数を追加して研究を行うことが必要かも知れないと野田教授は指摘している。
将来的に、個々人の生活満足度を高めるような政策は、生産性や国民の福祉を向上するにあたり、重要な役割を果たすようになると考えられる。野田教授は「本研究で明らかになった知見は、日本を含むOECD加盟諸国での労働政策デザインで、有益な示唆を提供することができる。また、現代はAI(人工知能)、スマートテクノロジー、ロボット工学などの急速な情報技術の発展による第四次産業革命とも呼ばれる変化の時代であり、労働環境も否応なく変化することが予想されるが、こうした変化がワークライフバランスに与える影響も、今後調べていく必要がある」としている。