東京農工大学、近畿大学、扶桑薬品、農研機構らの研究グループは、細胞内を生きたまま連続観察する「ライブセルイメージング技術」により牛体外受精卵の発生の様子を捉え、良好受精卵を選別することに成功した。この技術を用いると、国際受精卵移植技術学会(IETS)の基準により形態が良好と判断した受精卵のなかにも、およそ半数に流産に繋がるとされる核や染色体の異常が認められた。また、選別後の良好受精卵を凍結後に長距離輸送し、仮腹牛に移植して受胎させることにも成功した。将来的には、この技術により良好と判断した牛受精卵を農家に供給することで、和牛の増産や乳牛の安定的確保が期待される。
重点目標とされる牛の受胎率向上
近年、経済的な価値の高い黒毛和種(和牛)を体外受精により増産する試みが徐々に増えつつあるが、妊娠率は30~50%程度に留まっている。畜産農家にとって、妊娠に至らなかった場合の移植や移植後の牛の維持管理に係る損失は、100頭規模の農家で年間数百万円であり、その負担は莫大である。また、国レベルでも損失は無視できず、牛の受胎率向上は農林水産研究基本計画の重点目標の一つに位置付けられている。
妊娠率の向上には、良好な(流産しない)受精卵を選別することが重要だが、現在は、主観的な形態観察のみで受精卵の良し悪しが判断されている。このため、良好な牛受精卵を生きたまま客観的かつ確実に選別できる技術の開発が渇望されていた。
ライブセルイメージング技術を活用
今回の研究では、東京農工大学で採種した黒毛和種、もしくは黒毛和種とホルスタインの交雑種由来の未成熟卵子を、近畿大学まで22時間成熟培養しながら輸送した。成熟後の卵子は、黒毛和種由来の精子と体外受精し、核・染色体を赤色、微小管を緑色に染める蛍光プローブを顕微鏡下で注入し、超高感度カメラを搭載したスピニングディスク式共焦点レーザー顕微鏡(CV1000、横河電機)で、受精から8日目までライブセルイメージングを行った。その際、レーザーによる受精卵へのダメージがないよう、レーザーパワーや露光時間、撮影枚数などを詳細に検討した。
培養した369個の受精卵のうち、移植可能な状態まで発生した66個をIETSの基準に従い分類すると、55個が形態良好と判断されたが、そのうち25個で核や染色体に異常が認められた。ライブセルイメージングで選別した良好受精卵を凍結後、農研機構まで長距離輸送し、2頭の仮親の黒毛和種に移植したところ、2頭とも受胎、そのうち一頭は現在も妊娠継続中である。
牛の妊娠率向上に期待
この研究により、核や染色体に異常の認められない牛受精卵を客観的に選別することが可能になった。今後、ライブセルイメージング技術を用いて良好受精卵を選別することで、牛の妊娠率向上が期待される。
また、長距離輸送できることから、将来的には広範囲をカバーする「良好受精卵供給センター」等の創設により、受胎能の高い受精卵を安定的に農家に供給することが可能となり、和牛の増産や乳牛の安定的確保につながることが期待される。