鳥取大学乾燥地研究センター、(国研)農業・食品産業技術総合研究機構、スーダン農業研究機構は共同で、2050年の温暖化に対応するために必要なコムギ高温耐性品種の開発速度をスーダンを例に明らかにした。研究成果によると、気温が上昇していく中でコムギの収量を現在と同じ水準に維持するためには、高温耐性品種の収量が年あたり0.2%から2.7%増加する必要があるとしている。スーダンは世界で最も暑いコムギ栽培地域であり、今回の研究で得られた知見は世界のコムギ育種研究機関が高温耐性品種の開発目標を決める上で役立つと期待される。
アフリカ北東部スーダンのコムギ栽培環境は世界で最も高温とされている。スーダンでは、気温が比較的低くなる11月から翌年3月にかけてコムギが栽培されるが、その生育期間中の日平均気温は17℃~35℃程度であり、時には36℃を上回ることもある。栽培されるコムギは高温に耐性がある品種であり、ナイル河の潤沢な水資源を利用して十分に灌漑されているが、現地のほ場観測データからは、生育期間の平均気温が高い年には収量が減少する傾向が示されている。このため、温暖化が進行すると、将来的にスーダンのコムギの収量が減少すると懸念されている。
そこで今回の研究では、スーダン農業研究機構の栽培試験データに基づいて、農研機構では現地で広く栽培されている「デベイラ」と「イマム」といった2つの高温耐性品種の生育・収量をコンピューター上でシミュレーションできるようにした。これらのいずれにも高温耐性があるが、イマムは2000年にリリースされたデベイラよりも新しい品種である。モデルに将来の気候シナリオを入力し、予測された今世紀半ばの気温と収量の関係を2品種、3地域について明らかにしたが、ここで使用された気候シナリオでは、2050年に工業化以前と比べて、最も気温上昇が小さい場合は+1.5℃、最も気温上昇が大きい場合には+4.2℃を想定している。
予測結果では、生育期間の平均気温が低くなるように播種日を調節した場合には、スーダン中部のワドメダニでは+4.2℃シナリオでも、イマムはデベイラよりも収量が22%(0.33t/ha)高く、より新しい高温耐性品種の有効性が示された。
しかし、イマムを想定した場合でも、+4.2℃シナリオでは生育期間の平均気温が1℃上昇すると収量が現在より51.1%減少するとの結果だった。2050年の気温上昇がプラス4.2℃は、年あたり0.052℃ずつの気温上昇に相当する。このため、+4.2℃シナリオの場合、現在の収量と同じ水準を維持するためには、イマムよりも収量が2.7%(51.1%/℃×0.052℃/年)高い高温耐性品種が毎年開発される必要がある。
また、+1.5℃シナリオでは、気温1℃上昇あたりの収量低下は34.6%、年あたり気温上昇量は0.008℃であり、新たな高温耐性品種に求められる毎年の収量増加は、平均で年あたり0.3%(34.6%/℃×0.008℃)に抑えることができると示唆された。
スーダン東部のニューハルファの結果はワドメダニとほぼ同じだったが、相対的に気温が低い北部のドンゴラでは今世紀半ばの温暖化を想定しても、デベイラとイマムの収量差はほとんどないという結果が得られた。この結果は、スーダン北部では相対的に高温な中部や東部ほどには高温耐性が必要ではなく、多収性など別の形質に重点を置いた品種の利用が可能と示唆される。
【より高温耐性の高い新たなコムギ品種に寄せられる期待】
スーダンでは、コムギの消費量が年々増加しており、2000年には110万トンだったのが、2017年には300万トンに達している。こうした消費量の急増は、ソルガムやミレットなどスーダンで生産されている他の穀物では見られない。スーダンの人口は2050年には8000万人に達すると予測されているが、これに伴いコムギ需要は現在の約2倍の570万トンに増加すると見通されている。
スーダンのコムギ自給率は現在、約20%であり、国内のコムギ生産が予測される需要増加と温暖化に対応するためには、多くの挑戦が必要となる。この挑戦にあたり、より高温耐性の高い新たなコムギ品種は有望な方策として期待されている。
乾燥地研究センターでは、スーダン農業研究機構と共同で、コムギ近縁野生種由来の遺伝子により遺伝的多様性を増強させた系統を利用して、高温耐性コムギの育種事業を開始している。今回の研究では、既存の2品種が考慮されたが、新たな品種をシミュレーションに加えることが可能である。現在、現地圃場で試験中の新しい高温耐性品種が将来の温暖化に対してどの程度有効かを今後、評価できると期待されている。また、今世紀半ばの温暖化を想定した場合でも、スーダン北部では収量への悪影響が南部や東部よりも小さいことから、コムギ栽培地域の北部への移動・拡大の有効性についても検討が必要だとしている。