2023年8月25日 水稲施肥技術「リン浸漬処理」は冠水害回避に有効 サブサハラアフリカの安定・持続的なコメ生産に貢献

国際農研は、マダガスカル国立農村開発応用研究センター(FOFIFA)とアンタナナリボ大学放射線研究所との共同研究で、水稲施肥技術「リン浸漬処理(通称:P‐dipping)」の効果を、マダガスカルの気象や地形条件が異なる農家ほ場で検証し、この技術が肥料の利用効率を大幅に改善するだけではなく、生育初期に生じる冠水害の回避にも有効であることを明らかにした。

現在、国際的な肥料価格の高騰や気候変動に伴う極端気象の頻発化が、マダガスカルをはじめ購買力が低く、生産基盤が脆弱な貧困農家の農業生産をより困難にしている。

今回得られた成果は、P‐dippingを採用することで、肥料の利用効率を高め、頻発化している冠水害の対処にもつながる可能性を示したもの。この技術を普及拡大することで、サブサハラアフリカでの安定的かつ持続的なイネ生産に貢献することが期待される。

 

作物の生産性が低く多くの農家が貧困や飢餓の問題抱えるサブサハラアフリカ

サブサハラアフリカの農村地域では、作物の生産性が低く、多くの農家が貧困や飢餓の問題を抱えている。作物の生産性を阻害する要因として、農家が貧しく肥料をあまり投入できないことが挙げられる。ロシアのウクライナ侵攻に前後した国際的な肥料価格の高騰は、この状況に拍車をかけ、世界銀行の報告書では、2022年の化学肥料の消費量は世界全体で5%、サブサハラアフリカでは最大25%低下した可能性が指摘されている。

加えて、サブサハラアフリカでは、半分以上の水田が十分な灌漑排水設備をもたない天水田に分類され、水不足や冠水など様々な環境ストレスを受けやすいことも生産が安定しない要因になっている。アフリカで発生した洪水件数をみると、この30年で倍増(1990年代と2010年代の比較)しており、2019年から2020年にはアフリカ南東部一体で発生した豪雨が地域の農業生産に甚大な被害を及ぼした。

さらに、極端気象の頻度や強度は今後より一層高まることが予測されている。こうした課題の解決策として、少ない肥料でも効率的に作物の生産性を改善し、かつ気候変動にも強靭な生産技術の開発が求められている。

 

「p‐dipping」の標準的な効果や効果が高い栽培環境を研究

アフリカ大陸の南東沖に位置するマダガスカル共和国は、一人当たりのコメ消費量が日本の2倍以上あり、国民の半数以上が稲作に従事するアフリカの稲作大国である。しかし、農村地域の主な収入源であるイネの収量はヘクタールあたり約2.8tと日本の半分以下に停滞しており、深刻な飢餓と貧困の要因になっている。

国際農研では、明治期の日本の稲作技術に発想を得て、少量のリン肥料を混ぜ込んだ泥を苗の根に付着させてから移植する水稲施肥技術「p‐dipping」を考案し、同技術がマダガスカルに広くみられるリン欠乏水田でのコメ生産を改善できることや、イネの生育日数を短縮し、生育後半に気温が低下することで生じる冷害の回避にも効果を発揮することを実証している。

一方で、水不足や冠水などのリスクを含め、気象要因に伴う様々な環境ストレスの影響を受けやすい農家ほ場において、この技術がどの程度の増収効果をもつのかは明らかにされていなかった。

そこで今回、気象や地形条件が異なる18地点の試験ほ場を選定し、移植日や窒素施肥などの栽培管理法を変えることでP‐dippingの標準的な効果や、効果が高い栽培環境を解明することを目指して研究が行われた。

 

温暖な地点でも移植日が遅い場合にはp‐dippingで増収効果が増大

研究では、P‐dippingを施すことで、18地点の農家ほ場におけるヘクタール当たりの平均籾収量は、リン肥料なしと比べて1.1t、同量のリン肥料を従来の表層施肥で与えた場合に比べて0.5t増加した。さらに、窒素施肥と組み合わせることで収量差は大きくなり、窒素の利用効率も改善することが分かった。

P‐dippingは、初期生育を促すことで、移植後の水位上昇に伴う冠水害を回避し、稲株の枯死率を軽減することが分かった。その結果、冠水害を受けたほ場では、P‐dippingによる増収効果(リン肥料なしとの収量差)が大きくなった。

これまでの知見と同様に、P‐dippingは、移植から収穫までの日数を短縮することで、生育後半の気温低下に伴う低温ストレスを回避し、登熟度を改善することが分かった。その結果、標高の高い冷涼な地点だけでなく、温暖な地点でも移植日が遅い場合には、P‐dippingによる増収効果が大きくなることが示された。

 

停滞するイネ収量改善の打開策に

今回の研究により、P‐dippingがリンと窒素の施肥効率を高めるとともに、生育期間の短縮や旺盛な初期成育を介して、低温不稔や冠水害など、気象要因に伴う様々な環境ストレスにも効果を発揮することが示された。P‐dippingは、少ない肥料でも大幅な増収が見込まれることから、肥料の購買力が乏しいマダガスカルの稲作農家にも普及し始めており、停滞するイネ収量改善の打開策として期待されている。

また、サブサハラアフリカには、マダガスカルと同様に低温不稔や冠水害を受けやすい稲作地域が多くみられる。国際農研では、P‐dippingをこれらの地域に普及させることで、サブサハラアフリカの安定的なコメ増産、さらにはSDGsに掲げられた飢餓の撲滅や持続可能で気候変動にも強靭な農業の実現に貢献していくとしている。


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