農研機構は、屋外の栽培実験の結果に基づき、高温と高CO2の複合的な影響を考慮した水稲の生育収量予測モデルを構築し、これを用いて気候変動による国内の水稲(コメ)の収量と外観品質への影響を予測した。その結果、従来のモデルによる予測と比べ、最新のモデルではコメの収量の減少や、外観品質の低下がより早く深刻化することが分かった。
この成果は、こうした被害を軽減するために生産現場で必要とされる高温耐性品種や栽培管理技術の導入の目安、国・自治体による気候変動適応計画の策定や更新の際の重要な基礎情報となると注目されている。
気候変動の影響を予測した結果が楽観的である可能性を示唆
平成30年に施行された気候変動適応法により、国や自治体において気候変動適応計画の策定が必要になっており、そのための基礎情報として信頼できる気候変動影響予測が重要になっている。同法では適応計画は概ね5年ごとに改定するとされており、それに対応して、最新のモデルによる信頼性の高い気候変動影響の再評価を実施する必要がある。
また、水稲はわが国の基幹作物であり、農研機構では重点的かつ継続的に気候変動の影響を評価してきた。これまでの研究では、高温と高CO2を別個に扱う従来のモデル予測から、「CO2濃度上昇によって光合成が促進される増収効果により、収量への悪影響は西日本などに限られる」と考えられてきた。
しかし、水稲を対象としたFACE実験が国内2ヵ所で実施され、「高CO2によるコメの増収効果は高温条件で低下する」、「高CO2は白未熟粒率を高める」といった新たな知見が得られた。こうしたFACE実験で得られた高温・高CO2複合影響に関する新たな知見から、従来のモデルによる水稲収量と品質に関する影響を予測した結果が楽観的である可能性が示唆された。そのため、これらの知見が反映された最新のモデルを使用した、全国を対象とした水稲収量と外観品質に関する気候変動影響の再評価が必要となった。
実験成果を従来のモデルに組み込み
FACE実験では、CO2濃度を現在よりも200ppm高い約580ppmに制御した高CO2濃度では、水稲増収効果は登熟期間の気温が高いほど低下し、出穂後30日間の平均気温が20℃では約+20%だが、気温の上昇に伴い増収効果は減少し30℃でほぼ0%になるという結果が得られている。この関係を従来の水稲生育収量予測モデルに組み込み、高温と高CO2の複合影響が考慮された収量推定が可能になった。
さらに、FACE実験により、高CO2濃度では、白未熟粒の発生率が1.5倍になるという関係が得られている。出穂後20日間の平均気温26℃以上の積算値を使用した既存の白未熟粒率推定モデルにこの関係を組み込み、CO2濃度の影響が反映されるよう、外観品質低下の主要な指標である白未熟粒率推定モデルを改良した。
水稲収量と白未熟粒率の推定を 最新のモデルと従来のモデルで実施
また、研究では、2種類の温室効果ガス排出シナリオ(RCP2.6、8.5)に基づく5種類の気候モデルによる気候予測シナリオにより、1981年から2100年までの120年間の水稲収量と白未熟粒率の推定を、新たに改良した最新モデルと従来のモデルで行った。
CO2濃度が増加し続ける温室効果ガス排出シナリオ(RCP8.5)に基づく気候予測シナリオでは、全国の平均収量は、最新の予測モデルでは従来よりも今世紀半ばの平均で約15%、今世紀末の平均で約20%も少なく算定され、両予測モデル間の差は年代が進むにつれて拡大している。その結果、20世紀末に対して今世紀末の平均収量は、従来の予測モデルでは20世紀末と同等であるのに対し、最新のモデルでは約80%に減収すると予測され、水稲の収量減がより速く深刻化することが示された。
また、白未熟粒率の全国平均は、気温のみを考慮した従来の推定モデルと比較してCO2濃度も考慮した最新の推定モデルの方が、今世紀中頃の平均で約5%、今世紀末の平均で約10%高く算定されるなど、両推定モデル間の差は年代が進むにつれて拡大している。今世紀末の白未熟粒率は、従来のモデルでは約30%と予測されたのに対し、最新では約40%と予測され、外観品質の低下がより早く深刻化することが示された。
モデル別の結果を年代ごとにマップ化
最新のモデルと従来のモデルによる結果を年代ごとにマップ化することで、予測された影響が大きく変化する地域や時期を明確にでき、具体的な適応策導入の検討に役立てることができる。
また、気候モデルMIROC‐5(気温上昇の予測が中庸)によるRCP8.5での今世紀中頃(2031‐2050)では、平均収量は従来の予測モデルでは限られた地域以外では増収が予測されているが、改良された最新の予測モデルでは減収となる地域が広い範囲に拡大している。同様に、品質に関しても、白未熟粒率は、気温のみの従来の推定モデルよりも、CO2濃度も考慮した最新の推定モデルの方が高くなっている。
適応計画を策定する際の重要な基礎情報としての活用に期待
気候変動適応法では、適応計画はおおむね5年ごとに見直すこととされており、そのための最新の科学的知見を基盤とした定期的な気候変動影響の予測が必要となっている。今回の研究成果については、国や自治体が適応法に基づき適応計画を策定する際の重要な基礎情報として活用されることが期待される。
また、今回の研究では、従来のモデルを用いた結果と比較して、最新のモデルでは収量、外観品質(白未熟粒率)ともに気候変動による負の影響が顕著になったが、これは高温耐性が強くない現在の普及品種の環境応答実験で得られた結果を反映したもの。既に栽培が広がってきている高温耐性品種を考慮したり、移植(田植え)期を遅らせて登熟期間の高温を避けたり、適切な窒素施肥管理を行うことで被害を軽減できるものと考えられる。
さらに、今後、より効果の高い新たな高温耐性品種の開発や、低労力かつ効果的な栽培技術の開発・普及が期待される。今回の成果が、いつ頃、どの程度の被害が起こるかを予測することを通じて、各地で必要とされる高温耐性品種や栽培管理技術の導入計画に活用されることが期待される。