テスト勉強などで暗記などをするなら午前中に―。東京大学教授らの研究グループは、脳内の仕組みをマウスを使って解明し、長期記録しやすい時刻とともに、その際の脳内のメカニズムを科学的に明らかにした。脳内の海馬に存在する体内時計が記録の日内変化を生み出すことを見つけ、海馬でのタンパク質の量的変化と学習による分解が重要であることを世界で初めて突き止めた。ヒトでも記憶しやすさに日内リズムがあることは知られており、今回発見したメカニズムはヒトの海馬にもあてはまると考えられる。時刻による学習効果の違いを利用して、より効率よく学習効果を上げることが期待される。
これまで、一日のうちの時刻によって記憶のしやすさに違いがあるのではないかと考えられていたが、それが体内時計によって制御されているのか、また、どのような仕組みで記憶しやすさが変化するのか、わかっていなかった。
東京大大学院理学系研究科の清水貴美子助教と深田吉孝教授らの研究グループは、マウスを用いて一日のさまざまな時刻に新奇物体認識テストを行い、学習から24時間後のテストで長期記憶を測定。その結果、学習する時刻によって記憶のしやすさが大きく異なり、マウスの活動期の前半に記憶のしやすさが最高に達することを見つけた。
このような長期記憶の日内リズムは、体内時計の発振中枢である視床下部の視交叉上核を破壊すると消失したことから、記憶リズムは視交叉上核の体内時計に支配されていることが明らかになった。
また、学習とテストのどちらのタイミングが記憶形成に重要であるかを調べたところ、学習のタイミングが記憶形成に重要で、テストのタイミングには影響を受けないことも明らかに。一方、8分間の短期記憶では、一日を通して一定の記憶力を示した。
次に研究グループは、記憶リズムにおける海馬の役割を検証。視交叉上核で発振した時刻情報は神経ネットワークやホルモンを介して全身のさまざまな部位に伝わる。多くの末梢組織もそれぞれ時計機構を持つが、記憶を司る海馬にも時計機構が存在し、この海馬時計も視交叉上核に支配されている。
そこで、遺伝子工学の手法を用いてマウスの海馬の遺伝子を欠損させた。体内時計の振動に必須なので、この遺伝子を欠損させたマウスは海馬時計を失うが、視交叉上核の中枢時計は影響されないので活動・休息の日内リズムは正常。海馬遺伝子欠損マウスは何れの時刻にも長期記憶がみられず、海馬時計が長期記憶リズムを生み出していることがわかった。
また、海馬の長期記憶にはSCOPというタンパク質が重要な役割を果たすことが明らかになっていたが、海馬の細胞膜に存在するSCOP量は活動期の前半に最大になり、SCOPと結合している分子K‐Rasも同じ時刻にピークを示し、これらは長期記憶リズムのピークと一致した。海馬のScop遺伝子をノックダウン(発現抑制)すると、長期記憶できるはずの時刻、つまり活動期の前半でも記憶できなくなるので、SCOP量の日内リズムが長期記憶リズムの形成に重要であることがわかった。
ヒトでも記憶しやすさに日内変化があることは知られており、今回の発見したメカニズムはヒトの海馬にもあてはまると考えられる。マウスのK‐Rasの量は活動期の前半である夜に多かった。長期記憶のピークが活動期の前半だとすれば、夜行性のマウスに対して昼行性のヒトでは、長期記憶の学習効果のピークは昼の前半(午前中)にあたる。このような長期記憶の日内リズムを利用して、より効率よく学習効果を上げることが期待される。