農研機構は、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みをカイコを用いて世界で初めて解明した。昆虫に特有な幼若ホルモンは、幼虫がサナギへと変態する際に、成虫化を抑えることで昆虫の成長を正しく制御している。今回の研究成果によると、サナギになる際に幼若ホルモンが働くと、それによって作られるタンパク質が、成虫になるために必要な遺伝子の近傍に結合し、成虫化遺伝子が働かないように作用することで、幼虫からサナギに正常に変態していた。この成果により、将来、農業生産に関わる害虫や益虫の発育をコントロールするための技術開発に繋がると期待されている。
昆虫の変態の仕組みの解明へ
昆虫は、幼虫時期に数回の脱皮を繰り返して大きくなり、十分に大きくなるとサナギへ変態し、さらにサナギからもう一度変態すると成虫になる。幼虫からサナギに変態することを「蛹化」というが、幼虫が蛹化する際に幼若ホルモンの働きを阻害すると、中途半端に成虫化が起こった異常なサナギになることが知られている。このことから、幼若ホルモンが成虫化を抑えることにより、幼虫からサナギへの成長を正しく制御していると考えられていたが、その仕組みは明らかにされていなかった。
そこで、農研機構は、蛹化する際の幼若ホルモンの機能を詳細に解析することで、昆虫の変態に関する仕組みの完全解明につながると考え、研究を行った。
蛹化遺伝子を抑える仕組みと同じ
今回の研究では、カイコを使って、幼虫が蛹化する際に、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みを明らかにした。
研究結果によると、カイコの幼虫が蛹化する際には、幼若ホルモンが働いて作られたKr‐h1タンパク質が成虫化に関わる遺伝子(成虫化遺伝子)を指導させる塩基配列に結合して、成虫化遺伝子が働かないように作用することで、異常なサナギへの変態を抑制していた。
また、この幼若ホルモンが成虫化遺伝子を抑える仕組みは、これまで解明してきた「幼若ホルモンが蛹化遺伝子を抑える仕組み」と同じであることが分かった。
蛹化する際に、幼若ホルモンによってKr‐h1タンパク質が作られる現象は多くの昆虫で観察されているため、カイコ以外の昆虫でも同じ仕組みで成虫化が抑制されていると考えられる。
昆虫の発育をコントロールする技術
この研究により、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みが明らかになったことで、2つの「昆虫の発育をコントロールする技術開発」につながると期待されている。
一つ目は、害虫に対する新たな殺虫剤開発。Kr‐h1タンパク質は、チョウ目や甲虫目、ハエ目など、様々な昆虫に共通に存在し、その他の動物には存在しない。現在、農研機構では、Kr‐h1の働きを阻害する薬剤(阻害剤)を大学と共同で探索しており、今後、農薬メーカーと連携して実用的な薬剤の開発を目指すとしている。
二つ目は、益虫の発育をコントロールする技術開発。近年、遺伝子組換えカイコを用いた有用物質の生産や、昆虫を養殖飼料に利用するなど、様々な分野で昆虫の有効利用を目的とした技術開発が行われている。今後、昆虫の脱皮・変態の分子メカニズムをさらに詳しく解析することで、将来的に薬剤や遺伝子工学技術を使って、益虫の発育をコントロールできる可能性がある。この技術の応用例として、カイコの蛹化を抑制してどんどん幼虫を大きくすることができれば、有用物質の生産量を増加させることができ、遺伝子組換えカイコを用いた有用物質生産が効率化できると見込まれている。