2020年7月29日 昆虫のニコチン性受容体の昆虫体外での再構築に成功 世界初 環境に優しい農薬や昆虫制御剤の開発に期待

近畿大学農学部応用生命化学科・アグリ技術革新研究所の松田 一彦教授らの研究グループは、筑波大学(丹羽 隆介教授)、東北大学(谷本 拓教授)、国立遺伝学研究所(近藤 周博士)、ロンドン大学(David B.Sattelle教授)との共同研究により、昆虫の中枢神経に存在し、殺虫剤の標的にもなっているニコチン性受容体(ニコチン性アセチルコリン受容体)を体外で神経細胞に存在したときと同様のはたらきを示すよう組み立てなおすこと(再構築)に成功した。

また、その方法を用いて、ミツバチなどのハナバチ類のニコチン性受容体に対してどれくらい低い濃度からネオニコチノイド系殺虫剤が作用し始めるのかということも明らかにした。

これらの研究成果は、ハチなどの訪花昆虫には作用させずに害虫だけを駆除する環境に優しい農薬の開発や、世界の食料供給を脅かす農業害虫のみならず、マラリアやデング熱などの感染症を媒介する蚊にも応用でき、人体等には影響のない安全性に優れた昆虫制御剤で防除する技術の開発にも役立つと期待されている。

 

〔昆虫のニコチン性受容体を昆虫体外で再構築することに世界で初めて成功〕

現在使われている殺虫剤は、効果を現す方法で分けると、昆虫の神経系に作用して効果を現す薬剤、脱皮や変態を妨げるなど昆虫の成長を制御する薬剤、昆虫の筋細胞に作用し、筋収縮を起こして摂食行動を停止させ死亡させる剤などに分類される。中でも、神経に作用する薬剤が数多く開発され使われている。

世界で最も広く使用されているネオニコチノイド系殺虫剤は、昆虫の中枢神経に存在するニコチン性受容体の機能を阻害することで、昆虫を死に至らしめたり、行動に影響を与えたりする効果がある。

今回の研究では、ショウジョウバエを用い、昆虫のニコチン性受容体の複雑な立体構造を組み立てるために必要なタンパク質を探索し、本受容体の再構築に必要な補助因子を究明した。さらに、この因子がミツバチなどの花粉媒介昆虫のニコチン性受容体の再構築でも必要であることを明らかにし、ショウジョウバエ、ミツバチ、マルハナバチのニコチン性受容体に対するネオニコチノイド系殺虫剤への影響を比較検討した。その結果、同系統の一部の殺虫剤が花粉に残留しているとされる濃度(数ppb)よりも低い濃度で、ミツバチやマルハナバチのニコチン性受容体を阻害することが初めて明らかになった。

 

〔ハナバチ類のニコチン性受容体が極めて高いネオニコチノイド感受性を示すことを発見〕

ニコチン性受容体は、ヒトをはじめとする動物に普遍的に存在する神経伝達物質受容体で、医薬やネオニコチノイド系殺虫剤をはじめとする農薬の標的にもなっている。

ヒトをはじめとする脊椎動物のニコチン性受容体が様々な細胞で再構築できるのとは対照的に、昆虫のニコチン性受容体については、本受容体の遺伝子が単離されてから30年以上たっても再構築できていなかった。そのため、ニコチン性受容体を標的とする殺虫剤の活性の強弱や、害虫 ― 有益昆虫間における選択性の有無について詳しく調べることができなかった。

そこで、近畿大学農学部応用生命化学科の松田教授と伊原 誠准教授らは、筑波大学の丹羽教授らにより得られたショウジョウバエ神経細胞内での受容体タンパク質の分布データを踏まえつつこの難問に挑戦した。その結果、補助因子を加えることによって、ショウジョウバエのニコチン性受容体をアフリカツメガエルの卵母細胞で再構築することに成功した。

さらに、この結果がネオニコチノイド系殺虫剤がミツバチなどの訪花昆虫に対して悪影響を及ぼしている可能性が指摘されていることを踏まえ、本技術を用いてショウジョウバエ、ミツバチ、マルハナバチのニコチン性受容体に対する同系統の殺虫剤の影響について調査を実施した。その結果、試験した一部の殺虫剤が、農作物の花粉などに残留しているとされる数ppb(1ppbは10億分の1)よりも低い濃度で、ミツバチやマルハナバチのニコチン性受容体の機能を阻害することを解明した。

 

〔環境に優しい農薬の開発や、ニコチン性受容体を対象とする基礎科学の進展への貢献に期待〕

今回の研究成果は、世界の食料供給を脅かす農業害虫だけでなく、マラリアやデング熱などの感染症を媒介する蚊を安全性に優れた昆虫制御剤で防除する技術の開発にも役立つと考えられる。

世界には、百万を超える種の昆虫が生息し、それぞれの昆虫種の神経系で多くの種類のニコチン性受容体が行動や学習に関与している。このため、今回の研究成果については、昆虫科学、神経科学、農薬科学、環境科学などの分野の発展に大きく貢献すると期待されている。


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