「外科医が誕生日に行った手術の死亡率は、誕生日以外の日に行った手術の死亡率より高い」。慶應義塾大学助教らによる米国ビッグデータを用いた調査研究により、こうした事実が明らかとなった。誕生日にはプライベートなイベントを行うことが多く、医師の注意が散漫している可能性を示唆するもの。オペ実施が決まった際には、ドクターの誕生日を聞いた方がいいかも?…。
この調査研究を行ったのは、慶大大学院健康マネジメント研究科の加藤弘陸特任助教(研究実施時は慶應義塾大学大学院経営管理研究科訪問研究員)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の津川友介助教授らの国際共同研究グループ。アメリカの65歳以上の高齢者を対象とした大規模な医療データを用いて、外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率が、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも高いことを明らかにした。
手術のパフォーマンスは常に最適ではなく、20~30%の患者が手術後に合併症を経験し、5~10%の患者が手術後に死亡すると報告されている。また、合併症のうち40~60%が、死亡のうち20~40%が回避可能であったとの研究結果も残されている。
病院や医師に関するさまざまな要素が手術のパフォーマンスに影響を及ぼしていると考えられるが、外科医が目の前の患者の治療に集中できるかという勤務状況が、パフォーマンスに与える影響に関しては十分検証されていなかった。着信音や医療機器のトラブル、手術内容とは必ずしも関係ない会話など、手術中の外科医の注意をそらすような物事は多く存在しているといわれている。
また、実験室で行われた実験では、外科医の注意をそらすような要素が外科医のパフォーマンス(タスク完了にかかる時間など)を引き下げる影響があることが示されている。しかし、あくまで実験であり、リアルワールドで外科医の注意をそらすような要素が患者にどのような影響を与えるのかは検証されていなかった。
そこで今回、加藤特任助教らの研究グループは、誕生日に外科医がより注意散漫になることや、手術をより早く終えようと急ぐことが原因で、パフォーマンスが変わるのではないかという仮説を立てた。
米国の大規模医療データであるメディケアデータ(アメリカの高齢者を対象とした診療報酬明細データ)に米国CMSから入手した医師レベルの情報を結合し、手術を行った外科医の誕生日と患者の術後30日死亡率の関係を検証。この関係を検証する際、外科医の固定効果を回帰モデルに投入することで、同じ外科医が治療した患者について、手術日が外科医の誕生日であったか、誕生日以外であったのかを実質的に比較した。
この研究手法を用いて、2011年から2014年に4万7489人の外科医によって行われた98万876件の緊急手術を分析したところ、誕生日に手術を受けた患者は、年齢、性別、人種、併存疾患、予測死亡率などの点で、誕生日以外の日に手術を受けた患者とほとんど差がないことが明らかになった。
その上で、患者の死亡率を比較したところ、外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率は、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも1.3%増加した。
この調査結果は、外科医のパフォーマンスが仕事とは直接関係のないライフイベントに影響される可能性を示唆している。誕生日以外でも注意散漫となりうるような特別な日には、外科医のパフォーマンスが低下している恐れがある。研究グループでは、「患者がいつ治療を受けるかにかかわらず質の高い治療を受けられるように、注意散漫になりうる状況で勤務している医師に対するさらなるサポートのあり方を検討する必要があると考えられる」と指摘。そのうえで、今後の研究では、研究で明らかとなった関係が米国だけでなく、日本でも存在しているのかを検証することに加えて、医師のパフォーマンスを変動させる要因をさらに検証し、高い医療の質の維持するために必要な知見を明らかにする方針を示している。