農研機構は、昆虫の幼若ホルモンの働きを抑える昆虫成長制御剤の候補となる化合物を、大規模な化合物ライブラリーから効率的に探索する方法を開発した。また、実際にこの方法を用いて、約20万種の化合物の中から、新規昆虫制御剤の候補化合物を約70種発見することに成功した。
昆虫の幼若ホルモンは、幼虫期間を維持するために必要な昆虫特有のホルモン。その働きを抑えることができれば、農業害虫における食べ盛りの幼虫期間を短縮することで、被害を最小限に抑えることができる。また、幼若ホルモンは昆虫の種類によって化学構造に違いがある。そのため、特定の昆虫のみに効果を示す農薬を開発する際に良い標的になると考えられている。
今回の研究では、幼若ホルモンの働きを抑える化合物を簡単に評価できるシステムが、昆虫の培養細胞とホタルの発光遺伝子を利用して開発された。さらに、東京大学創薬機構(岡部 隆義特任教授、米須 清明特任講師)との協力の下、このシステムを使って大規模な化合物ライブラリーから幼若ホルモンの作用を抑える化合物が発見された。
これらの研究成果は、特定の分子(主にタンパク質)を標的にして、新しい薬剤を希望通りに作ることができる可能性を示したもの。今後、発見した化合物の化学構造をもとに、より活性の高い誘導体を合成することで、農業害虫だけに高い効果を示す化合物の開発を進め、人体や環境への負荷の少ない新しい農薬の開発研究の加速化を目指すとしている。
新たな昆虫成長制御剤候補の開発目指す
農業現場では、既存の農薬が効かなくなる抵抗性の問題が生じており、今までとは違うタイプの農薬、すなわち新しい作用を持つ農薬の開発が必要不可欠となっている。
新しい作用を持つ農薬を合理的に開発するための有効な手段の一つが、新たなターゲットとなる分子(主にタンパク質)を見つけ、それを標的とした薬剤を開発する「分子標的型創農薬」。近年、昆虫の遺伝子情報や、様々な生理現象が分子レベル(遺伝子やタンパク質)で明らかにされてきたため、医学分野のみならず農業分野においても、分子標的型創薬が現実的なものになりつつある。
農研機構の研究グループでも、昆虫の成長を制御するホルモンを標的に、新たな昆虫成長制御剤候補の開発を目指している。
幼若ホルモンに着目
「幼若ホルモン(JH:juvenile hormone)」は、昆虫の幼虫期間を正常に維持するために必要な昆虫固有のホルモン。また、昆虫の種類によって化学構造の違いがあることから、特定の昆虫のみに効果を示す農薬を開発する上で、良い標的になると考えられている。
害虫がもたらす甚大な農業被害のほとんどは幼虫の時期であり、脱皮回数を重ねて成長した幼虫ほど摂食量が多くなる。例として、幼若ホルモンの働きを抑える化合物(抗JH活性化合物)を発見することができれば、若い幼虫にその化合物を処理すると、摂食量の多い幼虫期間が短縮され、幼虫が小さいままサナギ、またはサナギになれずに発育不全になる。その結果として、農作物の被害を最小限に抑えることが可能になる。
研究グループではこれまで、世界に先駆けて細胞内における幼若ホルモンの働きを分子レベルで明らかにしてきた。具体的には、細胞内に取り込まれた幼若ホルモンが、受容体と呼ばれるタンパク質に受け取られ、このタンパク質がサナギになる際に必要な遺伝子の働きを抑えていることを明らかにした。
今回の研究では、この幼若ホルモンの受容体タンパク質をターゲットに、抗JH活性化合物を容易に評価できるシステムを開発し、化合物ライブラリーから抗JH活性化合物を探索した。
抗JH活性化合物を発見 殺虫剤評価システム
研究では、昆虫の培養細胞とホタルの発光遺伝子を利用して、抗JH活性化合物を化学発光により簡単に評価できるシステムが開発された。さらに、このシステムを使って、東京大学創薬機構が保有する化合物ライブラリー(約20万種の化合物)から、抗JH活性化合物を約70種発見することに成功した。
発見された抗JH活性化合物の中には、チョウ目昆虫のモデル昆虫であるカイコの幼虫に処理すると、予想通り幼虫期が短縮され、小さいサナギに変態するものがあった。今後は、この抗JH活性化合物の化学構造をもとに、より活性の高い誘導体を合成し、農業害虫にも高い効果を示す化合物の開発を目指すとしている。
また、今回の成果は、特定の分子をターゲットにして、化合物ライブラリーの中から新たな農薬候補を探索できることを実証した。近年、分子生物学的実験手法の発展に伴い、昆虫でも多くの生理現象が分子レベルで明らかになってきている。今回の研究のように、農薬に適したターゲット分子に対する評価システムを構築することができれば、化合物ライブラリーの中から農薬の原石を容易に探索することができ、特定の昆虫のみに効果を示す薬剤開発の加速化が期待できる。